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館蔵品から

香月泰男「芒原」

1968(昭和43)年 油彩・キャンヴァス 91.0×60.5cm

 すすき、萩、桔梗、おみなえしなど、とりどりに咲き乱れる秋草と月との取り合わせは大和絵のなかに古くから見出されるが、江戸初期には「武蔵野図」と呼ばれるひとつの定型を生み出すに至った。そこでは金地を背景に画面を埋め尽くすかのようにすすきが描かれ、丸く大きな銀色の月がその間に身を潜めている。真っ昼間、太陽の光の下で眺めるすすきはただの雑草でしかないが、月の光に照らされ、穂先を揺らめかせた途端、別世界のように美しい風景へと姿を変えるめである。

 

 香月泰男の《芒原》は、この「武蔵野図」から見ると、あたかもそのネガのように思われてくる作品である。「武蔵野図」の細緻な描写とは異なり、芒原は黒い背景に消え入りそうな細い曲線と単組な筆触の繰り返しのみによって表現されている。色とりどりの秋草は消え、月の存在はかすかに光を放って風になびいているすすきから感じ取ることができるのみである。芒原の手前に広がる黄土色と黒が重なった領域は、屏風の金地とは対照的に、底なしの闇のような広がりを見せ、我々の視線を吸い込んでいく。そこに迷い込んだとき、ここははたして日本のどこにでもあるすすきの原っぱなのだろうかとふと思い当たるのである。

 

 《芒原》は香月泰男の画業の中心をなす「シベリア・シリーズ」には含まれていない。シリーズと平行する時期に描かれた小品のひとつであるが、用いられている技法は「シベリア・シリーズ」と同じである。香月はこのシリーズに着手する頃から、絵具に方解未を混ぜた下地に木炭の粉を溶いたもので描くという独特の技法を用い始めた。ここでは薄塗りによって下地を透けて見せる手法が心憎いほど生かされている。色彩とマティ・モエールの一分の隙もない一致に支えられた画面は、じっと見つめるほどに、多くを語り出す。そのとき、すすきはただのすすきではなくなり、「芒」は「芒々」に、あるいは「亡」にすら通じていくように思われるのであるが。   

 

(土田真紀・学芸員)

 

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