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〈移動〉−バレンシアの七人展 シンポジウム(抄)

 

*本抄録は、1997年10月26日(日)に三重県立美術館講堂で開かれたシンポジウムからの抜粋である。

通訳は、黒田薫子(西文和訳)、烏野カツヨ (和文西訳。ただし本稿は、カストロ氏の発言を除き、草稿に基づくもので、その編集責任は石崎勝基にある。

コンスエロ・シスカル(バレンシア州文化振興・博物館・美術総局長)

 

 まず、芸術の素材は強迫観念であると述べることからはじめたいと思います。方法とは、さまざまな情熱の歴史なのです。そして、<移動>展の7人の作家たちは、素材と方法を自らのものとしています・・・(中略)・・・これらの作家たちの大半は、70年代のバレンシア美術の刷新に基本的な役割をはたした、ある世代に属してます。それは、スペインの政治的文脈の中でのきわだった時代、すなわち独裁政権の終焉および民主主義への移行のはじまりと時を同じくしています。この歴史的座標は、文化的活動にも直接反映し、芸術の分野からは伝統的色彩の強い造形的提案の変革が強力に進められました。本展に出品した作家たちは、この変化の中心に立ち、刷新の起動力として活動し、今日その成果をあげつつあります・・・(中略)・・・バロック的な衝動、経験の集成、そして都市に関する彫刻としての黙想は、概念的なレヴェルで、こうした展覧会が提案するものを統合することでしょう。移動ということばは、諸文化の統合を暗示し、自由と創造の橋をかけるものです・・・(以下略)

 

フェルナンド・カストロ(本展コミッショナー)

 

 疑いもなく私たちは、旅や遊牧、たえまのない移動という時間を生きています。作家たちは今日は日本にいますが、明日からメキシコにいくものもあればパリにいくもの、ロサンジェルスにいくもの、あるいは生まれた地であるバレンシアにもどるものもいます。彼らの作品は、にもかかわらず、つねに私たちの目の前にあって、挑戦であるかのように、謎であるかのように、詩であるかのようにはたらきかけるのです。

 

 日本の住居には、伝統的ないし部分的に伝統的なある表現があります。すなわち、床の間です。谷崎潤一郎も物語っているように、そこは精神を集中させる場所であり、空虚と充溢、秩序あるいは渾沌の現前を感じる空間なのです。

 

 この<移動>という展覧会を通じ、彼らの作品に触れることによって、作家たちとの密度の濃い、強烈な対話を実現することができるのではないかと思います。それとともに、もう一つの対話、空間との固有の対話が今回の展覧会で可能になるのではないでしょうか。皆さんがこの展示をご覧になるに際しては、暗い部屋をお通りになったかと思います。そこでは、作品は、ほとんど演劇的な形式の照明によって照らされていました。そうして作品それぞれは、それ自身の現前を主張しているのです。

 

 展覧会がもたらす感じをどんなことばにすればいいのか、私はさがしていたのですが、今日ある日本人の友人がこの点で手助けしてくれました。それは、「ぼんやりした影」ということばです。作品は、このぼんやりした影の中で、花のように咲くのです。今日和西辞典をばらばらと見ていると、ロペ・デ・ベガというスペインの詩人のことばが思いうかびました;「絵画は 目にとっての詩であり、詩は耳の絵画である」。

 

 この詩的でもあれば美しい展覧会が、芸術のしるしを通じて、三重県とバレンシア州のつながりを強めることを願っています。

 

カルメン・カルポ

 

 三重県立美術館で展示される作品は、1990年から1996年までの間にふくまれる時期のものです。

 

 三つの展示は、同じ記号の内に定義されます――すなわち、物です。

 

 『集成』(1990年)は、私がはじめて空間にはたらきかけた作品でした。各ピースは、固有のアイデンティティーを獲得することになります。というのは、それらは平面から外に出てきたのです。私の仕事はつねに、絵画的なものとして定義されます。三点の作品は、器とその中に入れられるものという理念から生まれました。素材はとても貧弱なものですが、一方、美術や工芸の世界で用いられてきたものでもあります。つまり、石膏やセメント、スタッコなどです。

 

 『集成』(1990年)は、私のパリでの生活環境から生まれたもので、ペール・ラシェーズ墓地が発想源です。地面におかれたそこでの石は、厨房図ないし舞台の仕掛けをなしていました。この作品は、バレンシアのIVAM・セントル・デル・カルメの空間のために制作されたものです。

 

 一方、『厨房』(1994年)は、光と影に投げかけられたまなざしであるということができるでしょう。この作品は、17〜18世紀のスペイン絵画、とりわけサンチェス・コタンとスルバランに対して私が抱いた関心を視覚化したものです。

 

 『中心で』(1996年)の展示は、日常的なもの、この場合は、私の仕事場のインテリアであり、日々集められたものを収納することや、それらを運んでいくまなざしと感覚との忠実な反映なのです。

 

アンヘレス・マルコ

 

 今回展示する彫刻は、<通行>の連作に属しています。通行というテーマは、ある段階から別の段階へ、ある経験から別の経験への移行、また、化学変化をふくむイメージをとおしての通行に言及するものなのです;そうして、液状化したアスファルトの化学変化のように、『歩道』や『高速道路』といった作品がそうであるように、ピース間での視覚的な語り、相互関係と配置、開かれた機能、相互交換の可能性を作りあげるのです。

 

 作品『裏』は、プラトーンの洞窟の神話によって規定されています。この神話は、私たちが実在の影の内に捕らわれて生きていること、しかしおそらく、芸術をとおして、そうした隷属から自由になることができ、認識の光にむかって変化することをも暗示しています。

 

 アクション=パフォーマンスについて述べれば、パフォーマンスは、『運命の秋に』再生しようとする欲望というテーマを扱っています。そこでは秋の象徴として枯葉、花、動く彫刻としてのケープを用いることで、自然を、歩きまわり移動することにさらし、後には消えうせ、造形的に彫刻の生成を成就しようとするのです。

 

ナティビダー・ナバローン

 

 ここで展示する作品は、1996年にスタートした仕事の一部をなしています。そのタイトルは、『私のからだ:鎮痛と恐れ』です。この仕事は、孤独と記憶の内にある女性という存在、社会の内で彼女がどこにいこうとも、その身体を抹消しようとし、区別化しようとし、意識させずにおかない女性という存在に言及するものです。

 

 しかし私が作ろうとしているのは、権利請求のための作品ではなく、受動的な犠牲者に対するオマージュなのです。彼女たちは、日々の生活で、女性であるという重荷を引きうけているのです。

 

 この仕事は、女性という、ある身体が宿す感情をすくい上げようとするものです。女性の身体に、生は痕跡と傷跡を残してゆき、身体は、侵略されることのないよう、戦うことに慣れさせられます。

 

 こうした身体は、ビロードのような素材でもって表象されます。それは柔らかで優美なものに見えますが、最後はぎゅうぎゅうつまった、攻撃的なものとなります。このようなビロードに安全ピンが、記憶のようにして、その痕跡を残し、寝床を織りあげていきます。そこで意識は休息をとるのです。

 

 そして、この一見柔らかなビロードこそが、自分自身のあるじを生みだすべく戦う女性的なる存在をかくまうものなのです。

 

 この仕事においては身体は、生贄にして執行吏、省察の場所、目覚めの瞬間、不快であるという意識の存在、偽りの倫理にみちたもの、矛盾だらけのもの、つまるところ刻印され、居心地悪く、煩わされ、落ちつきようもない身体として現われているのです・・・

 

ミケル・ナバッロ

 

「都市」

 

 私にとってもっとも意味のある仕事は、彫刻的な風景と名づけることができるでしょう。そのテーマは都市です。1972年、これは私が最初に〈都市〉を作った年で、それ以来現在まで、他のタイプの作品はおくとして、さまざまな都市を、ことなる素材で制作してきました。最初は粘土で、近作では金属を用いています。今回展示する作品は、アルミニウムによるものです。

 

 都市とは、私にとって、私にとり憑いた観念をまとめあげるための口実として、諸文化の綜合として、権力、秩序そして渾沌の象徴としてあるのです。

 

ラモーン・デ・ソト

 

――私の仕事は、沈黙、黙想、そして生の意味についての省察です。それゆえエロス(愛の神)とタナトス(死の神)が、私の作品の内に現前しています。愛と死、存在と非存在は、その日々の関係の内で、生を定義し、それに意味を与えるのです。

 

――それゆえ、地球上のさまざまな民族の諸文化それぞれの宗教芸術は、その機能として、人間存在が、彼自身の個々の実存の意味を見つけることを助けるものだと、私は考えています。

 

フェルナンド・カストロ;ホセ・サンレオーンの作品について

 

 彼は抽象的な画面のただ中に、自画像的な言説を導入しようとしました。それぞれの作品には、マンハッタンに対する彼の強い想いが含まれています。それとともに絵画の古典的な伝統に対するオマージュとして、画家ジオットの姿を描いた作品もあります。

 

フェルナンド・カストロ;ジョアン・カルデイスの作品について

 

 彼には二つの系列の作品があります。一つは彫刻、もう一つは大規模な素描、すなわち、ウラリータで制作された一点のジャケットと、グラファイトで紙に描かれた作品です。彼の作品の特徴というのは、荘厳さや古典性と同時に、アカデミックな教育に対するアイロニカルな再検討を感じさせるものでもあります。もう一つ、これらの素描の逸話的な前提となっているのは、喧嘩や古典的な形象、また一種の冗談という形で、フランスの人形会社ミシユランで、それらを、アイロニカルな調子と同時に、荘厳なタッチで描いているのです。

〈移動〉−バレンシアの七人展 会場風景1

〈移動〉−バレンシアの七人展 会場風景2

ミケル・ナバッロ 会場風景

〈移動〉−バレンシアの七人展 会場風景3

〈移動〉−バレンシアの七人展 会場風景4

ラモーン・デ・ソト 会場風景

〈移動〉−バレンシアの七人展 会場風景5

ナティビダー・ナバローン

 会場風景(cat..no.23、24)

〈移動〉−バレンシアの七人展 会場風景6
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