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「黒地朝顔模様単着物」他

昭和初期 絹・染 桁121.5×丈150.0cm

 黒のジョーゼットのような薄手の絹地に大輪の朝顔の花が散っている。花は水色と薄桃色の2色、細い線で輪郭が縁取られている。花の芯の部分と葉は地を染め残すことによって表現されているが、よく見るとそのままではなく、一部に胡粉が塗り重ねられている。また、絹地そのものにも朝顔の透かしの地文様が散りばめられており、一見あっさりとした意匠の着物ながら、細部はなかなかに凝っている様子が窺われる。

 

 夏に着用される単衣の着物である。一見暑苦しい黒が、簡潔かつ効果的な朝顔の意匠によって引き立ち、いかにもすっきりとして涼しげに見える。さらに地文様の朝顔が透けて見える着姿は、いっそう見る者に涼感を呼ぶであろう。明らかに、着る本人が涼しいと感じるかどうかよりも、見る側が涼しさを感じるかどうかに重きが置かれている。

 

 作者は名のある工芸家・デザイナーではない。非常に長い時間をかけて、無数の人々が日本(京都)の風土の中で数え切れないほどの夏を過ごしてきた中からたまたま生み出された1点がこれである。理屈や知識ではなく、また高度な技術だけでもなく、ただ長い間に蓄積されてきた相当に洗練された感覚の賜物なのである。その意味では決して特別な着物ではないといえる。実際、江戸の小袖に比べれば、かけられた手間暇は何分の一にすぎないかもしれない。しかしその手間暇を補う意匠の巧みさと目立たぬ部分での凝りように並ではない感覚が覗いているように思われる。

 

 近代以前の染織は工芸史の一分野として扱われているが、近代の染織に関しては、個人作家の作を除いて従来取り上げられることはなかった。近代美術史がとりわけ絵画・彫刻中心に偏り、工芸やデザイン、それも個人作家以外のものを取り上げる視野を持ち得なかったからである。確かにこれらの着物は作者を特定することはできず、制作年代も曖昧である。しかし、一般に質が低下したと見なされがちな近代の着物に、なおこれだけのものが作られていたという事実を無視し得るだろうか。

 

(土田真紀・学芸員)

 

年報/1920年代展

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