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柳原義達〈道標シリーズ〉の特質

毛利伊知郎

 柳原義達の作品といえば、鴉や鳩を題材する<道標>と名づけられた一連の作品が最もよく知られているであろう。

 

 すでに各所で紹介されていることだが、道標と題されることになる鴉や鳩とこの彫刻家との出会いは、1965年(昭和40)にさかのぼるという。この年、神戸市の動物愛護協会から依頼を受けた動物愛護のモニュメントを制作するに当たって、柳原は仔馬の背中にとまった鴉をモチーフとした<愛「仔馬の像」>(神戸市中央区東遊園地設置)を制作した。この作品を制作するために各地の動物園へ写生に出向き、自ら鴉を飼育するうちに、柳原は日本ではややもすると忌み嫌われがちな鴉に格別の愛情を抱くようになった。

 

 それまでの柳原作品は、多くが人物をテーマとしていたが、鴉は柳原に新しい制作の方向を提供することになる。その後1970年(昭和45)頃からは、鳩が道標のモチーフに加わった。柳原が題材とした鳩は、純白の華麗な孔雀鳩だが、アトリエ脇で飼育されている白い孔雀鳩は柳原が日課のように行っているデッサンにも頻繁に登場している。

 

 この鳩について、柳原は「自然の息吹と鳩とのかかわりがいつのまにか私の素描になってくる。身動いている不思議な命に鳩がみえてくる」と述べて、鳩の姿形の中に自然の動きを見ている。

 

 鳩と鴉による道標シリーズの作品について、「画家があまり表現できない、あまりみる、あまり考えることもない、自然に内在する量の移動、量と量のひしめき、そんな自然のもつ不思議な法則を縦や横に組合わせる」と作者自身記しているが、大自然の不可思議な法則を強く意識して制作された鳩や鴉による道標シリーズは、柳原義達の仕事の道しるべであり、自画像でもあった。

 

 単に題材の珍しさだけでなく、作品に込められた作者の意識、作品にあらわれている透徹した観察眼と的確な表現力、こうした点で道標シリーズは、柳原義達の作品群の中だけではなく、現代日本の具象彫刻の系列においても重要な意義を持っているといえよう。

 

 従って、柳原義達の個人展において道標シリーズが大きな位置を占めるのは当然のことで、今回の展覧会にも鴉の作品が13点、鳩の作品が27点ほど出品されている。しかし、展覧会場で展示する段になると、このシリーズは担当学芸員の頭を悩ます難しい作品であるといわざるをえない。

 鴉をモデルとした作品には、単独で屋外に展示されるような高さ一メートル以上の大形像もあるのだが、それらはむしろ例外で、道標シリーズの多くは高さ数十センチ内外の小形の像である。この一見似通った印象を与える作品をどのように配置構成すれば、最も高い効果が得られるのか。これはかなり難しい問題である。

 

 三重の美術館では、主題によるまとまりを優先させて、鴉の作品のみで一部屋を、また鳩の作品のみで他の一部屋を構成した。これには、賛否両論あろうが、少なくともこの方法は展示室ごとのまとまりを確保するという点では有効であったと考えられる。大小様々な作品が含まれる鴉の場合には、さほど苦労しなくてもそれなりの展示構成は可能であった。しかし、似通った大きさの像ばかりで、作品自体がおとなしい鳩の作品は、鴉の場合とは異なる展示の工夫が必要となる。

 

 ところで、このたびの柳原義達展は全国8会場を巡回したが、道標シリーズの展示方法は、展覧会担当者の考え方によって会場毎に異なる結果になった。典型的な例を二・三あげると以下のようになる。一つは、作品を通常の彫刻展示のように展示台に置く方法。二つ目は、作品を展示室の床面に直接置く方法。三つ目は、これら二つの方法を組み合わせ、また床面に直接展示せずに、低い展示台を用いたりする方法である。

 

 三重の美術館で採用したのは第三の方法であったが、展示室の広さ等も関係するため、どの方法が良いかは一概に決められないであろう。彫刻作品はつくり手と同じ目線で見るべきであるという考えに立つと、高さ数十センチの像ならば高さ一メートルほどの展示台に置くことによって、実際にその作品をつくった彫刻家とほぼ同じ目線で鑑賞することはできるだろう。また、こうすれば柳原作品が持つ微妙なバランスや生動感あふれる肉付けなども詳しく見ることができる。

 

 しかし一方で、こうした展示法にある種の不自然さが残ることも否定できないだろう。なぜならば、私たちは鴉や鳩を日常的に目にしているが、それは電線や屋根にとまっていたり、あるいは庭に舞い降りてきたところを眺めたりする場合がほとんどで、自分の目と同じ高さで間近に彼らを見ることは現実にはあまりないからである。

 

 また、作家自ら述べているように、道標シリーズの鳩や鴉を通じて、柳原は地球の重力と鳥との関係や、鳥の身体に見られる自然の法則を見通そうとしている。そのために、柳原がつくる鴉や鳩はいずれもある一瞬の姿がありのままに表現されていて、その姿形に作者による作為はまったく加えられていない。そうした小形の鳩や鴉の像が鑑賞者の目線の高さで何体も展示されると、緻密な計算のもとに配列や組合せを工夫しないと、展示室の雰囲気をそこなうことになる。

 

 もちろん、実際の鴉や鳩を見る場合と、彫刻作品になった鴉や鳩を見る場合とでは状況は異なるけれども、どのような目線で道標シリーズと接するか、複数の作品をどのように配置するかということは、このシリーズの彫刻としての特質とも関連してくる問題であると考えられる。

 

 なぜならば、柳原の道標シリーズは単体で観照することも可能だが、複数の作品が組み合わされて、新しい彫刻空間が生み出された例も少なくないからである。

 

 たとえば、1985年(昭和60)に開館した静岡県立美術館の彫刻プロムナードでは、5体の<道標・鳩>が組み合わされて、また、1993年につくられた仙台市青葉区台原森林公園の<平和とやすらぎの広場>は15体ほどの道標・鳩による構成で、複合的ともいえる別個の作品空間が生まれている。

 

 さらに、1989年に神戸市北区のしあわせの村に設置された<ふれあいの門>では、小林陸一郎の石による作品と<道標・鳩>10点が組み合わされているが、他にも図書館や美術館などの庭園や道路沿いなどの屋外スペースに複数の道標シリーズが設置された例は少なくない。

 

 こうした道標シリーズによる再構成に当たって、静岡の場合は美術館のスタッフが基本案をつくった上で作家の了解を得たという。また、仙台の場合は、作家が幾度か現地を訪れて台座石の選定や配置についてのプランをねったという。ある場合には作家自身のプランによって、また別の場合には作家自身と設置担当者との共同作業によって新しく構成が行われ、かつて制作された旧作の道標シリーズが、新しい空間を創造したということである。

 

 これは、具象・抽象を問わず、彫刻作品のあり方としては非常に珍しいことであろう。再構成に用いられる作品は、それぞれ異なる時期に制作された旧作であって、互いに何らかの関係を持っていたわけではない。しかし、再構成という作業を通じて、作品相互の有機的な関係が生まれ、さらに単体の道標シリーズでは考えられなかった新しい造形空間が創造されるのである。仙台市の<平和とやすらぎの広場>について、柳原は「平和の鳩と云われる孔雀鳩−その孔雀鳩が・・・(中略)や・・・今、この芝生の上に存る美しい 石の数々にながく棲みつくことになった。そして、人々がこの平和の鳩に触れることによって、平和を求めるみちしるべとなるだろう」と記している。

 

つまり、この作品において、作家自身の創造の道しるべであった<道標・鳩>は、「平和をもとめるみちしるべ」という一種普遍的な意味合いを付与されることになった。造形的な面でも、広場に配された二十数個の自然石と十五体の<道標・鳩>との組合せから、広がりを持った新しい空間が誕生した。

 このように、柳原義達の道標シリーズは、複数の像を組み合せて新しい芸術空間を創造する可能性を持った作品ということができる。こうした道標シリーズの特質を考慮するならば、一時的な展覧会においても、展示に当たって様々な試みがあってもよいだろう。

 

 柳原義達展に際して、開催美術館の担当学芸員が挑戦した道標シリーズの展示は、そうした新しい空間創造へのささやかな試みであったといえなくもない。もちろん、展覧会の場合、展示作業に充てる時間を初めとしていくつかの制約があり、屋外設置作品のように周到な準備作業をすることは不可能に近い。今回の展覧会での展示がどこまで作品にふさわしかったか反省点も多いが、道標シリーズは「展示」ということについて美術館員に様々な課題をつきつける彫刻でもある。

 

(もうりいちろう・学芸課長)

 

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