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研究ノート

工芸と美術館――改装オープンしたオーストリア工芸美術館

土田真紀

 

 ハプスブルク帝国の首都ウィーンに、1864年に創立されたオーストリア工芸美術館(=MAK)(1)は、モデルとなったロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(=V&A、当時はサンス・ケンジントン博物館)とともに、工芸美術館として最も古い歴史をもつ。私は1986年に初めてここを訪れたが、当時、美術館は、19世紀後半の復古建築である建物の外観そのままに、世の流れに取り残されたかのような古びた空気に包まれていた。実際、展示室の幾つかは閉鎖されたままで、美術館活動も沈滞気味に感じられた。

 

 今回(1993年9月)、ちょうど7年ぶりに再訪した美術館は、外観は変わらないものの、内部、なかでも展示室の変貌ぶりには文字どおり目を見振らせられた。最初に足を踏み入れたのは、ロマネスクからルネサンスにかけてのコレクションの展示室で、「ゲッス(Goss)の法衣」と呼ばれる一連の13世紀の作 になる稀有の染織品の美しさにまずは目を奪われたが、よく見ると、それらを1点ずつ収めたガラスケースは鉄製の黒い枠をもつ現代的なもので、衣裳類は鎖によって宙に浮かんでいる。室内の装飾は従来のまま残されているが、壁の色は鮮やかなブルー、照明にも最新の器具が用いられている。

 

 この他1階には、バロック・ロココの家具、同時期のガラスとレース、アンピールとビーダーマイヤーの工芸、トーネット家具の展示室、2階には、アール・ ヌーヴォーとアール・デコ、ウィーン工房、20世紀のデザインと建築の展示室、さらにその上に新たに増設されたコンテンポラリーの展示室、その他、オリエントのカーペットや東アジアの展示室がある(2)。ここで一つ一つ詳しい紹介はできないが、たとえば、トーネット家具の場合、一列に並べた椅子の前に白いスクリーンを立て、裏から光をあてて曲木家具特有の曲線をシルエットで見せる展示が行われていた。その他すべての展示室について、隅々まで細心の注意を払い、工夫が凝らされ、個々の作品も以前よりはるかに魅力的に見えた。

 

 美術館のガイドブックによれば、今回の改装プロジェクトは1986年に開始された。美術館関係者以外に作家、思想家、学者らを巻き込み、シンポジウム、講演、会議、ワークショップ、出版物など様々な形での議論を通じて具体的な形にまとめあげ、この5月に再オープンしたばかりという。ガイドブックをさ らに読むと、この相当大がかりなプロジェクトの最も本質的な部分に、現館長ペーター・ネファーの考え方やデザイナーとしての経歴が色濃く反映していることが窺われた。出発点は次のコンセプトである。「美術館が、批評的な観点から諸芸術に向かい合う道を追求することを忘れ、同時代の芸術が示す認識方式や視点を、自らの位置づけの見直しを迫る一つの挑戦として認めないとしたら、美術館は自らの存在価値を自ら奪ってしまうことになろう。作品およびコレクションを構成する諸要素を『保存する』という考えは、その現代的意義を示し、目に見えるものにするという責任感と不可分である」。こうしたコンセプト自体は決して目新しくはないかもしれない。しかし最終的に出来上がったものは、現在のところきわめてユニークな成果に結実していると思われた。入念な議論を経て採用されたのは、常設の展示空間を現代作家とキュレーターによる共同作品とする方法である。各展示室を手掛けたのは、それぞれ別のアーティスト(建築家は意識的に含まれていない)とキュレーターで、両者の協議ですべてが決定されたという。従来の一見ニュートラルな展示を斥けると同時に、<見せるための技術>としての展示デザインをも越えて、展示が解釈と評価の結果であることをはっきりと打ち出したのである。それぞれのコンセプトはパネルに明記され、観客にも提示されていた。当然、展示室ごとに全く別のコンセプト、表情を有しているが、不思議に不統一な印象は受けなかった。

 

 博覧会の延長上に設立されたV&A同様、MAKの当初の設立趣旨は、自国の工芸の質を高め、産業の発展に寄与するという専門教育的・実践的な色合が濃く、事実、専門家を養成するための工芸学校が付設された。ヨーロッパ各地で「様式の混乱」と呼ばれる現象が起きていた19世紀の後半は、従来の装飾体系が崩れ、その再編成を試みる時期にあたっていた。そのためにまずは手本となるべき優れた工芸品を収集し,一堂のもとに展示することが必要とされた。振り返れば,これ自体,様式の混乱の最も顕著な現れであったことがわかるが,その結果,20世紀に入ると,モダニズムの旗印のもとで一旦装飾は決定的に否定される。と同時に,装飾美術を収めた工芸美術館の役割も極度に低下せざるをえなかった。詳しい事情は知らないが、7年前の訪問時の印象からして、この種の工芸美術館は、目玉作品を多数収めた大美術館や、モダニズム全盛のなかで脚光を浴びる近現代美術館の陰で、ひっそりと忘れられていたのではないかとさえ思われた。これは、装飾そのものへの関心が低下したためであると同時に、装飾美術を絵画や彫刻と変わらないやり方で見せようとしたためではなかったろうか。アール・ヌーヴォーの前後を除けば、前衛性重視の、個人作家を中心とする近代的美術史観のもとでは、装飾美術がつまらなく見えても当然であろう。実際、陶磁器、ガラス、染織といった素材別か、あるいは時代ごとに、膨大な数が展示された工芸品の展示を見ても、技法についての特別な知識でもない限り、とりつくしまがないというのが以前の正直な感想であった。

 

 しかし幸か不幸か、ポスト・モダニズムという流れが再び装飾の問題に光をあてるきっかけを与えた。ポスト・モダニズムが得意とする「引用」が、現代の建築、デザインの実践に成果を上げたかどうかは別として、少なくとも、一旦忘れられた装飾を再び議論の場に引きずり出すのに寄与したことは認めてもよいであろう。そうして引きずり出された装飾を、もはや素材・技法や時代様式という観点からではなく、それが生み出された社会のあらゆる要素を映し出す<時代の鏡>として、様々の側面から切り取ってみせる試みが、現在多様な形で開始されつつあるように思う(3)。今回のMAKの試みは、常設展示という美術館の中枢部分において、最も先鋭的な形でこうした問題意識を展開したのものといえよう。しかし展示コンセプトの掲示が示すように、それが無数に存在する装飾美術の展示方法のごく一部にすぎないことも美術館側はよく承知している。装飾美術をめぐるあまりにも複雑な構造を解体しつつ、明らかにするという作業は、V&Aに新設されたヘンリー・コール・ウィングのヨーロッパ装飾ギャラリーでも、別のやり方で試みられていた。ここでは、展示ケースごとに一つのテーマを設け、素材・技法・時代を越えて所蔵品のなかから選び出されたものが展示され、装飾美術に対するレヴェルも着眼点も多様な切口が同時に提示されていた。この部門はスペースからいっても決して充分とはいえないが、数年前のV&Aにはない画期的なものであった。

 

 ところで、MAKの展示は、問題意識としては普遍的ながら、時代別の展示を基本に、オーストリアの装飾美術のよき伝統を全体として映し出し、その最上の部分をよく提示し得ていた。翻って日本の美術館における装飾美術、工芸の展示を考えるとき、今後、どのような方向性が考えられるだろうか。本来、生活の場に密着して置かれてきた工芸品が、美術館のなかで魅力を失いがちであるのを、多くの人が感じてきたのではないだろうか。とりわけ日本では、生活空間の中で、工芸品(近代以前の絵画・彫刻も含め)に対してきわめて洗練された揚が設定され、その中で、<もの>を通じての細やかなコミュニケーションが繰り広げられてきた伝統があるように思われる。茶道を引き合いに出すまでもなく、工芸品は、特定の空間と時間のもとで、他のあらゆる要素とのアンサンブルのなかで生きられる(経験される)ことによってこそ、真の魅力を放ってきたのである。そこでは、視覚だけでなく、あらゆる感覚が動員され、工芸品の歴史的なコンテキストよりも<いま、ここ>での意味が重視された。こうした工芸のあり方に対して、美術館はいかにして接点を探っていけばよいのか。単に、工芸に対する絵画や彫刻の優位を解体するだけでは不十分なはずである。解決の糸口は容易には見つかりそうにないが、多くの困難を克服してプロジェクトを実現に導き、工芸美術館として一つの明確なヴィジョンを示したMAKの活動に鼓舞された者として、多様な視点から、日本における新しい工芸と美術館の関係を探っていきたいと考えていいる。

 

(つちだまき・学芸員)

MAKの外観

MAKの外観

 

ロマネスク.ゴシック.ルネサンスの展示室

ロマネスク.ゴシック.ルネサンスの展示室

 

トーネット家具の展示室

トーネット家具の展示室

 

1・正式名称はÖsterreichisches Museum für angewandte Kunst。

 

2・メインの展示を補うべく、地階には従来どおり素材別の「研究コレクション」の展示室が設けられているが、これは、ブックショップやライブラリーとともに、93年の10月から11月にかけてオープンする予定である。 

 

3・今年春から夏にかけてグラン・パレで開催された,150年のデザインの歴史を振り返る大展覧会は「デザイン―世紀の鏡」というタイトルを有している。

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