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美術館 > 刊行物 > HILL WIND > ひる・うぃんど(vol.31-40) > ひる・ういんど 第36号 多田美波の作品素材

多田美波の作品素材

毛利伊知郎

 

 多田美波の立体造形作品について、ここでは主に素材と造形とのかかわりついて考えてみたい。多田美波は、アクリル、ガラス、ステンレス鋼、チタンなどの新素材を積極的に素材として使用してきた作家である。多田美波に限らず、素材と造形との関係が立体造形を手掛ける作家にとって重要な問題であることはいうまでもない。特に、工業技術の進歩によって、合成樹脂や合金などが生産される20世紀に活動する作家たちにとって、そうした新素材や新技術とどのように向き合うかは切実な問題である。

 

 多田美波の仕事をふり返ると、多田は1957・8年頃から鉄とプラスティツクを用いた立体構成作品の制作を始めた。1960年頃になると、蝋型によるブロンズ作品もつくるようになり、作品の素材としてアルミニウムなども使用するようになった。

 

 それら初期作品について、多田自身は「素直に心の向くままにやってみようと思って作っていると、立体になってしまった」と述べ、彫刻の既成概念にとらわれることはなかったという。また石や木といった自然の素材ではなく、金属やプラスティックなど人工的素材に強い魅力を感じたと述べている。こうした作家の言葉によると、立体造形の道へ進んだこと、また制作に当たっての素材の選択などには、多田の直感が大きな役割を果たしていたように思われるが、人工的な素材を駆使した、その後の多田の多領域にわたる仕事は、素材がもつ効果を抜きには語ることはできない。

 

 多田が用いる主な素材には、アクリル、アルミニウム、ガラス、ステンレス鋼、チタン、陶板などがある。ここで、それぞれの主要な使用法、素材の特性と表現との関係を見ることにしよう。

 

 多田の比較的早い時期の作品に登場する素材で、造形上も重要な役割を果たしたのは、アルミニウムを蒸着されたアクリル樹脂である。この素材による作品は1964年頃から発表されるようになったが、現存作品では1965年の「周波数37306505MC」あたりが、代表的な作例であろう。

 

 この作品では、気泡にも、また風船にも見える不整形の半球6個が鉄の基板に取り付けられている。これらアクリルの半球は、片面にアルミニウムが蒸着メッキされているために、凸面鏡の効果を持ち、作品を見る人たちや作品周囲の光景が常に映り込んでいる。しかも、形状がいびつであるために、映った情景には歪が生じて、人の意表を衝く視覚体験の場を生むことになる。

 

 また、このような非日常的視覚体験ということとは別に、半球形のアクリル自体が持つフォルムのおもしろさ、存在感の大きさも、この作品の造形上の大きな要素として見逃せない。多田の立体造形については、光との関係、光線を活かした造形上の特質が多くの批評家によって論じられてきたが、それとともに、多田作品がもつ形態上の特徴も忘れてはならないだろう。

 

 初期から現在までの作品を通覧していると、そこには多田独特といえる、非常にシャープで洗練された神経が行き届いたフォルムが生み出されているのである。多田の立体造形は、単に光の効果のみに依存した作品ではない。 ところで、こうしたアクリルの半球形を作るには、技術的な困難が少なく なかったことを作家自身語っているが、新素材を自己の表現にマッチするように加工する技術的困難を乗り越えることが、多田作品の誕生に重要な役割を果たしていたようだ。そのために、多田は使用する素材についての技術的なノウハウを素材製造企業のスタッフ達との接触など様々な機会をとらえて蓄積していったという。

 

 当初アルミニウムメッキとともに使われていたアクリルは、その後に単独で用いられるようになる。1975年の「Epicycle No.3」や「超空間No.3」に見られるように、これらの作品では曲線的な形あるいは表面に凹凸のある透明アクリルの特質を活かして、光の屈折と反射の効果が取り入れられている。それとともに、こうした透明アクリルの作品にあっても、光線の反射や屈折効果に加えて、例えば「Epicycle No.3」を見れば、まろやかな曲面で構成されたおおらかなフォルムが、この作品の効果を高めていることは明らかだろう。

 

 透明な素材ということでは、アクリルと似たものとしてガラスがある。アクリルとガラスは、多田が比較的早い時期から採用している素材だが、多田が使用するガラスには、表面処理によって反射率が高められ、角度によっては鏡面に似た効果を持つ熱線反射ガラスが多い。この板ガラスを曲げて形づくられた作品は、淡い青みを帯びたガラスの平滑な面による光線の反射と透過の複合作用によって、複雑な視覚体験を私たちに与えてくれる。

 

 ところで、1980年代にはいると、鏡面仕上げが施されたステンレス鋼が多用されるようになる。この素材の立体作品には、1982年の「空閑」(A)(B)(C)のように、凸面と凹面との組合せによる複雑な鏡像の効果を狙ったレリーフ状の作品、あるいは植物の花や葉をイメージした曲面構成による作品もあるが、最も特徴的なのは円錐を基本形とした一連の作品であろう。

 

 これらの作品では、曲面と直線、鋭い頂点をもった単純な立体である正円錐・斜円錐に様々な変化が与えられている。こうした操作によって、円錐は連続する曲線および凸・凹面、鋭いエッジ等々、複雑な形態要素をあわせ持ち、さらに円錐が2個以上組み合わされるなどして、単純な形であった円錐が多彩な変奏をかなでることになる。

 

 こうした変化に富む形の操作を作品で実現するために、ステンレス鋼の熟練した加工技術が必要なことはいうまでもない。鏡面の効果を活かすためにステンレス板の接合と表面の研磨などの工程では、制作現場の人たちを妥協させない厳しさと、細やかな神経が必要であるという。

 

 ステンレスとともに多田が採用する新しい金属素材にチタンがある。チタンは軽量で強度に富み、しかも耐熱・対触性にもすぐれていることから、工業関係で盛んに用いられるようになったが、多田は熱加工によって様々に発色するチタンの特性に注目して、これを大規模な壁面装飾や立体造形等に利用した。その代表作としては、1987年のレリーフ「耀」<東京・銀座セゾン劇場>や1988年の「極光」<東京・新日鉱ビル>をあげることができ、これらの作品では、虹色あるいはオーロラのような幻想的ともいえる色彩の効果が大きな比重を占めている。

 

 また、新しく開発された素材とはいえないかも知れないが、陶板も多田がしばしば使用する素材である。信楽の製陶工場で焼き上げられるこれらの陶板は、多田作品の場合、メタリックな色調に焼成されたり、あるいは片面に鏡面が取り付けられたりするなどして、いわゆる陶板の既成イメージからは遠い位置にあるといってもよいだろう。

 

 このように多田美波といくつかの造形素材との関わりを検討してみると、素材に対する多田の旺盛な探求心が強く印象づけられる。また、多田の造形に対して素材が示す技術上の抵抗は、その痕跡をほとんど完成作品にとどめない。それだけ加工技術の完成度が追求されているのだろうし、また強い抵抗を示す素材に向き合っても、素材の抵抗に作家の造形上のセンスが妥協することはない。そうした意味で、多田美波は優れた造形感覚を備えた技術者の顔をあわせ持っているのである。

 

(もうりいちろう・学芸員)

 

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