油彩・カシの板/1630年/40×82.5㎝ 美術史家ゴンブリッチは著書『美術の歩み』のなかで17世紀オランダの画家ファン・ホイエンを、同時代のフランスの画家クロード・ロランと比較し、ふたりがイギリスの風景画におよぼした影響にふれている。英国風景画を特徴づけるピクチャレスクの美学は、ひとつはロランのような壮大さをもっているが、いっぽうでファン・ホイエンの絵画にみられる素朴さを受け継いだと。 たしかに生涯に1200点の油彩と800点の素描を残した多作の画家ファン・ホイエンの作品には、どこにも廃墟の寺院や荘厳な城塞は描かれていない。起伏のない湿潤な低地に営まれるのどかな人々の生活が主観である。しかし後世の画家たちはむしろその素朴さにこそ魅了されたようだ。単色様式と呼ばれる画面は1630年代には淡褐色、40年代からは灰色を基調とするが、構図はそれまでの風景画では考えられないほど水平線が低くとられている。その分だけ広い空を画家は獲得した訳であり、ファン・ホイエンはオランダ絵画が得意とする自然主義的な視点から、移ろう雲の形や色にたくして大気そのものを摘出しようと試みた。 この「宿のある川の眺め」も30年代の淡褐色の色調をもつ油彩だが、横長の画面には、静かな風の流れのもとで、樹木のそよぎ、陽光にはえる家々、旅人と旅籠で働く人間たちが、ひとつのパノラマとして再現されている。 (荒屋鋪透・学芸員) |