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こえ

和凧に乗せた現代美術

松本 郁子

 

 「アート・カイト」展の日本巡回展は1988年6月宮城県美術館で始まり、 第二回目の展覧会は三重県立美術館で開催された。

 

 豊かな物質とテクノロジーに占領された現代の文明社会では余暇が多くなってきている。現代人の余暇の使い方は有意義なのであろうか、文明と並行して文化も健全に現代人の社会に潤いをもたらしているのであろうか。オランダの文化歴史学者ヨハン・ホイジンガは「すべての文化は遊びに起源する。」と云っている。日本の伝統を重んじ、それを巧みに遊びに取り入れている凧師の技と、時代を先取りする芸術家の最も新しい感性を融合させたのが「アート・カイト」の企画である。大阪ドイツ文化センターがヨーロッパと日本という異質の文化の中にあって、文化のあり方に焦点をあて「ホモ・ファーバーとホモ・ルーデンス」というテーマのもとに つくった美術の企画である。

 

 私たちが芸術家に出した依頼・招待の手紙に応えて殆どの芸術家から返事や、日本から送った和紙に描かれた絵画が送り返されてきた。「これまでは作品の発表の場が地上でしかなかったがそれが空に舞い、天に広げられる。大らかで新鮮な遊びがおもしろい。壊れてもかまわないから、ぜひ飛ばしてほしい。」「手漉きの和紙の美しさに魅力を感じた。」など芸術家からは企画に対するコメントや手記も送られてきた。世界18ヵ国の第一確で活躍する芸術家92人から寄せられた作品はそれぞれの凧の故郷に戻って和凧に仕立てられた。こうして生まれた「アート・カイト」は33センチの蝉凧から140メートルに延びる連凧まで、約120点の国際色豊かなコレクションとなった。

 

 1987年の春、私たちはこの企画を具体化しはじめたものの、それは大変な冒険であった。日本巡回展の準備資料として芸術家の参加承諾のリストこそあれ作品は一つもなかったからである。あの時、三重県立美術館の陰里館長および学芸員の方々の巡回展に関する率直なアドバイスが得られなかったら私たちのアート・カイトはとうの昔に墜落してしまっていたことであろう。平面の作品でもなく、また非常に立体的ともいえない凧の作品は美術館では異質の展示物となった。しかし、天井の高い展示室、広く大きいエントランスホールのある三重県立美術館こそ、アートと凧の双方の特徴が表現できる展示の可能な恰好の場であった。芸術家の間でも評判はよく、この企画の凧糸は今までのところよく張り、もう揚ったも同然と私たちは自負している。姫路の空でヴェルニサージが行われる前にここでアート・カイトが空に展開したようでもある。

 

 1990年からは欧米をまわる世界巡回展を計画している。私たちは昨夏、その準備のため展覧会風景の写真とカタログをもって欧米の美術館を尋ねた。「ユニークでおもしろい企画だ。」という声を各地で開くことができた。展覧会に興味をもつ美術館も多く、中でもベルリンのナショナルギャラリー、デュッセルドルフのKunstsammlung・Nordrheinwestfalen、(クンストザムルング・ノルトラインヴェストファーレン)、ウィーンの二十世紀美術館、コペンハーゲンのルイジアーナ美術館、ニューヨークのグッゲンハイムなどでは実際に開催が予定されている。「理解し難く重々しいとされている現代美術を軽々と飛ぶ凧と組み合わした着想がおもしろい。」「建設はされたものの有効に使ったことのない大ホールに始めて応わしいものが展示できる。」「参加した芸術家のリストには一人として多すぎることもなく欠けているものもない。選択のとり合わせがおもしろい。」などの具体的な評を聞くことができた。大阪ドイツ文化センターが延ばした型破りの凧糸はまだこの先何年か張り続けられることになるが、海外ではどのような反響を呼ぶのであろうか。私たちは、日本巡回展が開催された美術館に再び良いニュースがお届けできることを願っている。 

 

(まつもといくこ・大阪ドイツ文化センター)

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