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ひるういんどno.24(1988.11.25)

湯原和夫「無題No.8-82

土田真紀

 

 湯原和夫の彫刻「無題No.8−82」は、三重県立美術館の建物に通じるアプローチの途中、階段が90度の方向転換をして、さらに次の短い階段へと続く広い踊り場に佇っている。そのため、このアプローチを通っていくと、必ず一方の正面からこの作品を眺めることになるが、それはあたかも壁のように最初の姿を現す。つまり極めて平面的な印象を与える。強烈な対比を示す、赤茶色の錆が全面を覆った2本の柱と、その間に挟まれたステンレス・スティール鏡面仕上げの凹凸のある面とは、その背後のヴォリュームを予想させずに、いずれも視線を見る者の側へ強く跳ね返すからである。しかし、階段を上がって彫刻の左側に回り込むと、実は堅固な立体性が備わっていることが明らかになる。さらに、完全に回り込むと現れるもう一つの正面では、最初の面が全く反転させられている。この第2の面は、ステンレス・スティールの半円筒形の2本の柱と、その間に挟まれた錆の面からなる。凹凸のある中央部が突出し、観る者の前に立ちはだかるような第1の面と対をなすかのように、すべてを吸い込んでしまいそうな大きな錆の面が、奥に引き込むような凹の空間の感じを強めている。

 

 湯原の彫刻群の中でとりわけこの作品の特徴となっているのは、鉄錆とステンレス・スティールの素材の上での強烈な対比である。20年来親しんできた素材である鏡面研磨のステンレス・スティールと、この頃着手し始めたばかりの鉄錆とを、湯原は真正面からぶつけている。すべてを映し出し、光を反射する鏡面と、何ものも映さず、光ごとその腐食面のうちに吸い込んでしまうかに思われる錆の面、この二つはいわば金属の様態の両極ともいえる。これまでにも、異質な二つの素材を対照させることで、実在性を触発するという湯原の手法は、たとえば鏡面と毛皮を組み合わせた作品などにおいて鮮やかな効果を上げていた。しかしここでは、金属そのものの性質を生かし、片や研磨、片や腐食という正反対の方法によって対比が得られるという点で、さらに一歩踏み込まれている。

 

 立体としての形に注目すればこの作品は湯原のライトモティーフの一つ、<門>である。といっても、一見したところ、東京国立近代芙術館の「開かれた形」のような、内と外の空間を反転させ、虚の空間の実在性を問題にした門より、宮崎県総合博物館の「開かれた門」のようなタイプに近い。構造自体は、十年近く前に制作された「作品No.12−73」と全く同じと考えてよい。それ以前の作品の多くが箱型の<塊>であったのに村し、宮崎の作品は4本の円柱を結合した門で、それ自体すでに一つの構造である。しかし、鏡面仕上げのステンレス・スティールに覆われたその形態は、<塊>としても、圧倒されるような豊かな量感を孕んでいる。言い換えれば、豊かな肉体性を備えた彫刻なのである。

 

 ところが「無遺No.8−82」では、4本の円柱がそれぞれ真っ二つに断ち切られ、その断面に錆が導入されることで、この豊かな肉体性が惜しげもなく削り取られている。現実には極めて堅固な立体性とヴォリュームを備えていながら、シャープに切り落とされた<面>の印象が強く、最初に述べたように、一方の正面から観た際、壁のような印象を喚起するというだけでなく、斜めから観ても意外に量感は希薄になっている。すべてを映し出す鏡面が、映し出された像の広がりと光の反射によって、外部への広がりをもち、彫刻として豊かな肉体性を獲得するとすれば、腐食された面が光を吸収する鉄錆は、周囲への広がりを持たない素材であり、何よりもそれ自体として存存する。それは彫刻の表面としてではなく、面そのもの、むき出しの物質、生の素材としてまず存在してしまう。ただし、鏡面と村比されるとき、鉄の肉体が時と共に古び、錆び、滅びていく姿とも見える錆には、表に対する<裏>、あるいは正に対する<負>の表面という性格や<虚無>へと向かう時間性もまた読み取られる。ここでは、<有>の実在性でもなければ<虚>の実在性でもなく、いわば<負>の実在性が試みられているように思われる。

 

 しかし、同時に「無題No.8−82」で、鏡面と錆の対比によって際だってきているのは、豊かな肉体性に代わるものとしての、形態の切れの良さ、鋭さ、明快さである。これらはすでに湯原の彫刻に備わっていた特質であるとはいえ、ここではこの明快さが、<門>としての構造(最低、2本の垂直線と1本の水平線からなる)が示す強さにつながっている。二つの素材は交互に現れることによって、門の構造そのもの、門を構成している骨格の強靭さを何よりも明確に示すべく働いている。その強靭な<骨格>は、宮崎の豊かな<肉体性>に取って代わるだけの実在性を彫刻に付与しており、<門>はいまやますます明快に、鋭く、観る者を突き放す実在感を放って、周囲の空間と桔抗している。

 

 この後に続く作品群、とりわけ近作(4点の「意味の自由区」)は、彫刻の<肉体性>が完全にそぎ落とされ、骨格のみ、構造のみが残されたかに見える。等しく箱型が基本であっても、もはや表面に囲まれた塊ではなく、その奥に隠されていた構造そのもの、肉体を背後で支えていた骨格がいまや彫刻となる。「無題No.8−82」にも一方でこうした骨格への志向が示されていると考えることができるだろう。しかしそれはやはりいまだ肉体を有している。つまり、ステンレス・スティールという表面に包まれた<塊>としての立体と、肉体を取り去った後に残る荒々しい骨格だけの構築物との中間に位置している。ただし中間とは、半端ということではなく、肉体でも骨格でもない、その両者がぎりぎりの均衡を保った姿として、ある厳しさと強靭さを獲得しているということである。湯原の彫刻が肉体を切り捨て、骨格に還ろうとするとき、鉄錆の面は、ステンレス・スティールの肉体を断ち切った断面、生々しい内部の構造として姿を現したともいえる。

 

 今回の展覧会で、80年代に入り、湯原の彫刻が一つの大きな転換期を迎えていることがいよいよ明らかになったと感じられた。その転換にも湯原の彫刻が辿ってきた、ある一貫した内なる造形の論理が貫いているとするなら、「無題No.8−82」こそ、この転換の鍵となる性格を備えているといえよう。

 

(つちだまき・学芸員)

 

年報/湯原和夫展

作家別記事一覧:湯原和夫

湯原和夫 無題No.8-82

無題No.8-82

1982年

 

 

湯原和夫 開かれた形

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1975年

 

 

湯原和夫 開かれた門

開かれた門

1973年

 

 

湯原和夫 意味の自由区No.2-88

意味の自由区No.2-88

1988年

 

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