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美術館 > 刊行物 > HILL WIND > ひる・うぃんど(vol.21-30) > ひる・ういんど 第23号 中谷泰・作画の特質

中谷泰・作画の特質

毛利伊知郎

 

 三重県立美術館では、今春、松阪市出身の洋画家中谷泰の回顧展を開催した。その準備過程において、また作者を招いて行われた館長との対談の場で、私達は、中谷氏の制作過程にかかわる様々な興味深い逸話を聞くことができた。本稿では、そうしたエピソードの中から、特に印象に残った中谷泰の創造に関する話について筆者の感じたことを記すこととしたい。

 

 中谷泰の作品は、初期から近年に至るまで、風景画・人物画・静物画など様々な主題からなるが、その一つの頂点が炭坑や陶土の採掘場を描いた一連の風景画にあることは多くの人々が認めるところであろう。

 

 画家自身が語るところによれば、中谷泰が初めて福島県の常磐地方を訪れ、その風景に感動して炭坑を描くようになったのは、昭和30年のことであったという。その年、中谷は、佐藤忠良・軌倉摂・竹谷富士雄・森芳雄.吉井忠・西常雄・鳥居敏文・若松光一郎らの仲間達と常磐炭坑スケッチ旅行で訪れたが、炭坑町のたたずまいやボタ山の光景に強く心ひかれるものがあり、そのときの感動は絵画制作における遠近感や空間の解釈まで変わってしまうほど大きなものであったという。

 

 事実、中谷泰の作品は、この炭坑訪問を境として、それ以前の社会的・思想的な内容を持った一連の人物画から、より造形的に堅固に構成された風景画へと展開していったのである。

 

 これ以後昭和30年代半ばにかけて中谷は、常磐炭坑の他、大石谷の切り出し場、陶器で有名な瀬戸、常滑などを それらの作品では、昭和20年代後半に中谷が深い共感を寄せて描いた労働者たちは画面から姿を消し、造形的に作者が強い感動を覚えた景観が画面一杯に描かれている。

 

 それでは、こうした一連の風景画は、いずれも画家が現地で眼にした実景をそのまま画布に忠実に描き出したものなのであろうか。この点について、画家自身は、かならずしも実景そのままではないことを吐露している。私達が目にする中谷泰の風景には、作者による改変が加えられているというのである。以下に、代表的な作品について、このことを見るにしよう。たとえば、常磐炭坑の早春の雪景色を描いた「春雪」は、ボタ山の稜線がつくる美しい形が印象的な作品であるが、作者が現地で見たボタ川の姿は、実際にはこのような幾何学的なものではなく、制作に当たって、作品の雰囲気に合うようにその形を変えてしまったと画家白身は説明している。 

 

 また、東京近郊にあった通称「お化け煙突」のある工場を描いた「煤柵」(昭和32年作)は、炭坑のシリーズについで発表された重要な作品である。画中のもうもうと煙を噴き出す暗灰色の太い煙突4本は、この作品の中の主要モチーフとして大きな存在感を持っているが、実際の「お化け煙突」は、画中のそれよりもはるかに細長く背の高いものであったという。

 

 さらに、瀬戸地方の陶土採掘場に見られる大きな窪地の形のおもしろさに注目して描いた「陶土」の作品でも、作者が現地で描いたデッサンとそれに基づく完成作と比べてみると、その相異は明らかである。

 

 こうした画中モチーフの形態や景観全体の改変や、あるいは描きためた素描類から気に入ったモチーフを加えたりする作業は、比較的初期の作品から最近作に至るまで多くの例を見出すことができ、中谷泰の制作過程において、欠くことのできない作業ということができよう。もっとも、制作過程におけるこうした操作は、画家ならば誰でも程度の差はあれ行っているのであって、何も中谷泰の場合にのみ殊更注目する事柄ではないのかもしれない。中谷の場合も、他の画家たちと同様、これは自由で気ままな画面操作であって、彼の絵画制作において大きな意味を持たないのであろうか。

 

 たしかに、そのように言い切ってしまうこともできるであろうし、あるいは画家自身も、このことの意味について、それほど深く考えたことはないかもしれない。しかし、筆者には、こうしたモチーフや景観の改変は、中谷泰の絵画制作を通じて少なからぬ意味を持っているように思われるのである。

それは、中谷泰の場合、制作過程における前述してきたような操作が、彼の作品に共通する、構築的な性格と関係しているのではないかということである。

 

 

 中谷泰は、初期の頃にセザンヌの作品との関係を予想させる静物画をいくつか制作しているが、それら初期の静物画から最近作に至るまで、各作品を通覧して言えることは、人物・静物・風景などの主題を問わず、いずれも堅固な構築性を帯びているということである。

 

 この中谷作品の構築性は、例えば綿密に練り上げられた画面構成や人物のポーズ、モチーフの配置などに見ることができる。そして風景画の場合に、この構築性の付与に大きくかかわっているのが、モチーフや景観改変の作業であると思われるのである。

 

 こうした作業を行うことによって、出来上がった風景画には、実景とは異なる景観が描かれることとなり、内容的には現実感あるリアルな表現からは遠ざかるのであるが、逆に作品は造形的に高い密度を獲得することになるのである。

 

 そして、興味を覚えるのは、少なくとも私達第三者には、こうした作業が中谷泰の場合、あたかも職人技のように、淡々となされているように見えることである。あるいは、画家自身の内部では、他者の予見を許さない深い思索がなされているのかもしれない。しかし、たとえそうであっても、作者の内面での奥深い営みを私達に感じさせないところに、この画家の気質に通じる。職人的な画人としての面目があると思われる。

 

(もうりいちろう・学芸員)

 

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