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ひる・とおく プラハの印象

 この6月の初めに『プラハ幻景一東欧古都物語』(新宿書房刊)が著者のヴラスタ・チハーコヴァーさんから届いた。チハーコヴァーさんはまえに日本に留学、長く滞在していた女性の美術ジャーナリストである。

 

 チェコスロヴァキアの首都プラハについて書かれた日本語の書物はきわめてすくない。ごく近いところで平井達治・平野嘉彦編『プラハ』(国書刊行会刊)がある程度で、プラハを訪れる日本人観光客もけっして多くはない。プラハで生れ育ち、プラハ大学で美学美術史を専攻したチハーコヴァーさんは、いまはプラハに住んでいるが、十二年間の滞日のあいだにこの本を書き始め(雑誌『望星』に連載)、帰国後に完結させたという。

 

 このヨーロッパでももっとも美しい都市のひとつプラハを知りたいと願う私たちにとってこの本はもっとも恰好のプラハ案内記となっている。私は、昨年の初夏に初めてプラハを訪問し、数日を過したにすぎないが、そのまえにこの本があったらと、いま残念におもっている。

 

 大きく湾曲しているモルダウ川の河岸、丘の上にたつ城、教会の尖塔、旧市街の落着いた雰囲気から新市街地へと数世紀にわたる長い歴史のそれぞれの時代の建造物、プラハの石造の街を歩いているとパリやローマ、ミュンヘンやウィーンとは異なったなにかを感じさせられる。西欧ではないなにかを。といって東方ではもちろんない。それは東欧、それも内陸的ななにか、とおもわれた。チハーコヴァーさんの本のなかに引用されているつぎの言葉は、プラハの街の性格をよく表している。

 

 「プラハに住んでいる者であろうとそうでなかろうと、プラハの歩行者──私、あなた、そして私たちにとって、プラハの魅力は、あらゆる日常性や様々な欲望を超えたところにある。」(ヴイーチェスフラ・ネズヴァル著『プラハの歩行者』より) 

 

 プラハとは「敷居=閾」を意味するという。東西ヨーロッパの真真中に位置するこの街の歩行者であった数日間、私の脳裏に行きかったものは、アルナンボルドの描くルドルフU世のあの怪奇な像であったり、カフカの『変身』であったりしたのであった。

 

(陰里 鐵郎  三重県立美術館長)

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