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ひる・とおく

 先日、ソ連邦の文化相デミチョフ氏がその任をはなれ、なにかの会議の副議長に就任した旨のことが新聞に報じられていた。その記事を読みながら一年ほどまえのソ連旅行のときのデミチョフ氏との雑談や、そのほかの数々の経験を憶いだした。初めてのソ連旅行であったし、レニングラードのエルミタージュ美術館をはじめいくつの美術館の見学や美術館関係者との接触はもちろんのこと、サマルカンド、ペンジケント、ブハラ、タシケントと回ったソ連地区のシルクロードの各地、それぞれの印象がつよくのこっており、それらが錯綜して憶いうかんだのであった。

 

 それらのなかで美術史的に関心をひかれたものをあげるとすればペンジケントの壁画類(タジク絵画)である。サマルカンドヘ着いた翌朝、ぽくたちは通訳のアンドレ君の案内でペンジケントヘ車を走らせた。ペンジケントはサマルカンドのあるウズベク共和国の隣のタジク共和国に属している。ロバに乗った老人がのんぴりとやってくる光景などを楽しみながら約一時間ほど走ってペンジケント市内の小さな博物館へつく。博物館では若い女性学芸員が熱心に解説してくれた。小なりといえども自然史関係をも含んだ展示で、細部まで懇切丁寧に説明してくれ、そのあと、彼女が遺跡へぽくたち一行を導いてくれた。この遺跡については井上靖さんの美しい文章があるが、遺跡の上にたつと東側にパミール高原の山山がみえ、赤や黄の原色の矢がすり模様とよく似た現地の服をつけて説明に熱中している女性学芸員がそれを背景にして立っている風景はなかなかに美しいものであった。彼女はここで出土発見された壁画はいまエルミタージュ美術館へいっていると語った。

 

 タシケントからレニングラードに着くとエルミタージュ美術館の副館長スースロフ氏がぼくたちを出迎えてくれた。美術館での会話のなかでペンジケントの壁画の話をすると、スースロフ氏はすぐにタジク絵画専門の学芸員マルシャーク氏をよんだ。そしてマルシャーク氏の案内で準備中のタジク美術の展覧会揚をわれわれは観ることができたのである。マルシャーク氏は発掘はいまも続けており、ソグド人たちの手になる5世紀から8世紀ころの説話画の壁画についてこれまた詳細に説明をしてくれたのであった。それは、東洋でもあり西洋でもあるひとつの世界、とぼくには思われた。

 

(陰里鉄郎 三重県立美術館長)

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