このページではjavascriptを使用しています。JavaScriptが無効なため一部の機能が動作しません。
動作させるためにはJavaScriptを有効にしてください。またはブラウザの機能をご利用ください。

ひる・とおく

 昨年の12月3日から、パリのカルナヴァレ美術館で、「パリを描いた日本人画家展」が開催されている。この展覧会は、明治以降、現代に至る注目すべき日本の洋画家たち約50名による、パリの風景、風俗をテーマにした近代洋画展である。

 

 同展の展示指導を行うため、私は冬将軍の到来を感じさせるパリの土を踏むことになった。パリ到着の初日に、出品作品の欠を補うため、市内の所蔵家が蔵する数点の作品集荷に立ち合った。それらの中に、明治前期にパリヘ留学した山本芳翠の「ヴィクトル・ユーゴー葬送の図」(明治18年作)が含まれていた。この作品は、カルナヴァレ美術館から徒歩10分ほどの距離にあるユーゴー記念館の所蔵作品である。

 

 作品借用の際に、同記念館の若い女性職員が、壁際に林立する書架の間をぬって、奥の部屋から絵を持ち出してきた。そのとき彼女は、「百年前の日本では、薄い布に水彩絵の具で賦彩する習慣があったのですか。」と私に尋ねた。不意を突かれた格好で返事に窮しながらも、私は「いや、布に描かれた水彩画は珍らしい。 もっとも日本画なら別ですが……。」と、たどたどしい口振りで答えたのを覚えている。

 

 絹地に薄い水彩絵の具を使った「ユーゴー葬送の図」は、水墨画風のマチェ−ルを見せる即興的性格の渋い作品である。小説『レ・ミゼラブル』の作者で、フランス・ロマン派切っての文豪、ユーゴーの遺体が馬車に揺られて運ばれてゆく。その行列を、物見高い群衆が遠巻きに眺めているところが描かれた。芳翠は、この場面を当時見られたフランスの風俗を託す、シルク・ハットの紳士を配置してまとめ上げている。フランスの国民的な一事件をスナップ写真で撮ったとでも形容すべき絵画といえるが、より印象的なのは、画家自身が画中のフランス人になり切ろうとしている雰囲気が感じられることである。

 

 芳翠が抱いた想いは、憧れのパリに留学した多くの日本人画家たちに共通の感情であったはずである。街全体が芸術作品の塊りといってもよいフランスの都は、彼らの胸中に、はやる熱情を繰り返し湧き上がらせたに違いない。

 

 同展のパリでの評判が大いに気になると共に、3月末から開催される三重での帰国展が楽しみでもある。

 

(中谷伸生 三重県立美術館学芸課長)

ページのトップへ戻る