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表紙解説

モロー《若者と死》

 赤、青、黄、緑など、鮮やかな色彩を散りばめて、手堅い素描力を随所に垣間見せる形態描写の構成は、水彩画特有の柔らかいぼかしの効果によって、形容し難い夢幻的な画像を産み出している。この水彩画には、モローの油絵においてしばしば消え失せてしまうヴェールをかぶせたような独特の気分表出が見てとれる。そのために、そしてまた中世のミニアチュールのように繊細緻密な筆触を誇る細部描写によって、「若者と死」は図版で見る限り、観者に寸法上の錯覚を惹き起こし、実際の大きさを遥かに上まわる大画面を想像させるほどである。この水彩画は、最初アングルの弟子であったが、やがてロマン主義的作風に転じた逸材シャセリオーに捧げられたものであるという。モローは37歳の短い生涯を駆け抜けたシャセリオーを心底から尊敢し、生涯の師と仰ぎ見ていたようである。画面中央に立つ若者は、理想化されたシャセリオーその人であり、彼は栄光の宮殿に踏み入って、勝利の象徴である月桂樹の冠を自らの手で頭上に載せようとしているところである。だが背後には眠る女性の姿で表わきれた死の影が、死を象徴する砂時計と剣を携えて、ひっそりと付き添っている。若者の右手には、やはり死を象徽する黄水仙の花が描かれた。

 

 画面左下隅では、幼い天使の姿をした精霊が、ほとんど消えそうになった松明の火を不安気に見つめているが、それはこの若者のはかない生涯の暗示であろうか。空中に浮き上がった背後の死の影、慌ただしく飛びかう青い鳥。この落ち着かない雰囲気を醸し出すざわめいた運動表現は、死に向い合った若者の悲劇的な運命を表明しているように思われる。

このことは、彼の見開いた眼に見事に集約されているはずである。

 

 

(中谷伸生・学芸員)

 

年報/モローと象徴主義の画家たち展

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