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館蔵品から

中村不折(1866〜1943)《裸婦立像》

 慶応2年(1866)江戸に生まれた不析は、貧窮の生活にもめげず絵画修業に没頭じ、明治34年(1901)フランスへ留学した。そこで彼は写実を本領とする歴史画家ローランスに師事し、アカデミックな油彩表現法を学んで明治38年に帰国する。

 

 当時の日本の洋画界は白馬会の中心人物黒田清輝の明るい印象派風の外光派絵画が支配的であったが、不折はその流れに対抗して、鹿子木孟郎らが創設した太平洋画家に所属した。この会の作風は、不折の「裸婦立像」に見られる褐色詞の暗い画面を特徴としていたことから、「脂(やに)派」と名づけらている。厳格なアカデミズムの作風は、しばしば形骸化した教科書版の様式に陥りがちである。しかし、不折の裸婦ではそうした弱点はあまり目立たず、むしろ嫌みのない清潔な特質が際立っている。

 

 正確なデッサン、堅牢な形態描写、身体を浮き立たせる陰影法、これら堅実な写実的性格は、今日の目で見ても、意外なほどの新鮮さを感じさせる。

 

(中谷伸生・学芸員)

 

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中村不折(1866〜1943)《裸婦立像》

1903頃|油彩・キャンバス|78.0×44.5cm

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