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調査・研究

当美術館がかねてから取り組んでいる日本近世美術史、近代美衛史の再検討、再評価という長期的な研究課題を進めるため、昭和61,62年度は下記の調査・研究を行った。

A.鹿子木孟郎調査

鹿子木孟郎調査委員会は昭和60年4月21日に発足した。当美術館に保管されている鹿子木孟郎の油彩約600点、デザイン類約1,000点について写真撮影、作品カードの制作、日記書簡類の整理などを実施しているほか、下記の日程で会議を開催した。

 調査委員会委員 河北倫明(委員長)
             陰里鐵郎
             高階秀爾(東京大学教授)
              酒井忠康(神奈川県立美術館学芸課長)
             上田麻棠子
             鹿子木良子
             島田康寛(京都国立近代美術館主任研究官)
              山梨絵美子(東京国立文化財研究所研究員)
              児島薫(東京国立近代美術館)
             伊瀬輝雄(岡山県総合文化センター)
            妹尾克己(岡山県立美術館開設準備事務局)
            中谷伸生
            荒屋鋪透

 調査日程 昭和61年6月5日(木) 調査委員会会議
             7月23日(水)、24日(木)調査(カード作成)
             8月26日(火)、27日(水)調査(カード作成)
      昭和62年8月9日(日) 調査委員会 第一次調査報告

なおこれらの成果は、『三重県立美術館 研究論集 第2号』において、当館の荒屋鋪透学芸員の論文「主題としての駅・鹿子木孟郎<津の停車場>をめぐって」に纒められた。

B.橋本平八調査

本調査は、昭和60年度に開催した「橋本平八と円空」展に伴う調査の際、新たに発見されたノート類を中心に、平八研究の基礎文献『純粋彫刻論』の補遺を作成し、『純粋彫刻論』執筆以前の若き平八の芸術観を辿りながら、遺族その他の関係者からの証言に基づく調査により、平八の芸術家としての足跡を明らかにしようとするものである。

鹿児島美術財団の助成金を得て、主として橋本家所蔵の日記類の読み取り作業を、原歌氏の協力によって行ったが、その成果は200字詰め原稿用紙約2,600枚分となった。

今後この資料をどう活かしていくかが課題である。

C.曾我蕭白調査

日本国内に散逸している蕭白作とされる作品を訪ねて、現地調査などを行ってきたが、従来確認されてなかった作品が多く発見され、蕭白研究に大きな前進がみられた。

この成果は、昭和62年度秋に開催された「開館5周年記念曾我蕭白展」に結実した。

D.三重県内仏像調査

本調査は、これまで三重県内の仏教彫刻全般に関する調査がほとんど行われておらず、写真などの基礎資料が県内の機関には充分整備されていないこと、またこうした調査を実施することによって、未紹介の重要な作品が発見される可能性がかなり大きいと考えられることなどから計画された。

昭和61年度は、岡田文化財団からの助成を受けて、秋に開催した「三重の美術風土を探る―古代・中世の宗教と造型」展に合わせ、調査の一環として、主要な出品作品の写真撮影及び調査を行ったほか、同展の会期中には、展覧会前の事前調査が充分でなかった作品を中心に、2度にわたって調査を実施した。

昭和62年度は、鹿児島美術財団の研究助成を受けて、写真資料の整備にあたるとともに、下記の美術史的にも重要な県内の平安時代初期から中期頃にいたる作品3件について、実地調査を行い、基礎資料を収集し、写真撮影を実施した。

阿弥陀如来立像 平安時代初期 亀山市・慈恩寺

普賢菩薩座標 平安時代初期 多気郡・普賢寺

薬師三尊像 平安時代中期 津市・光善寺

 

この調査と関連する成果として、『三重県立美術館 研究論集 第2号』に、当館の毛利伊知郎学芸員の論文「七世紀後半における初唐様式の伝播・普及と摶仏制作」が発表された。

なお、調査にあたっては、久野健氏(仏教美術研究所所長)と松山哲夫氏(三重大学教授)の協力を得た。

E.増山雪斎調査

伊勢長島の藩主でもあった増山雪斎は、江戸中・後期の画家で、花鳥画を得意とした。 

昭和62年度から、鹿児島美術財団の助成金を得て、作品の所在調査、作品カードなど、雪斎の調査研究を開始した。

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