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三重ホスピタル・アート・ギャラリー 主体会病院

2007年10月15日(月)〜19日(金) 午前9時〜午後5時

会場:主体会病院新館1階多目的室
     〒510-0823 四日市市城北町8-1

主催:主体会病院、三重県立美術館、(財)三重県立美術館協力会
協力:三重県立美術館友の会

 

三重県立美術館では、昨年から「三重ホスピタル・アート・ギャラリー」という名称のもと、県内の医療・介護施設に美術館のコレクションを一定期間展示する事業をはじめました。

今日、芸術作品によって病院や介護施設の環境を改善し、患者と医療・介護従事者の心を豊かにして治療やその効果を高めようとするホスピタル・アート、あるいはアーツ・イン・ヘルスケアの活動が注目を集めています。欧米で生まれた活動が日本でも取り入れられ、各地に芸術的空間を取り入れた医療・介護施設がつくられたり、NPO、大学、アーティストなどによる様々な活動が行われています。国内美術館でも、複製画や版画などを医療施設に展示する試みが近年少しずつ事例としてあがっていますが、今回の「三重ホスピタル・アート・ギャラリー」では、油絵作品や彫刻など、多彩なオリジナル作品をまとめてご紹介する事業です。この種の試みは全国的にも珍しいものとなっています。

昨年は鈴鹿回生病院と県立志摩病院で開催しましたが、二年目となる本年は四日市の主体会病院で開催します。主体会病院では普段から院内の随所に絵がかかっていますが、今回は普段とは異なる作品もあわせて鑑賞していただければと思います。四日市をはじめとする北・中勢地域ゆかりの作家を中心に、安井曾太郎の作品などを加え、色彩表現に特徴のある、遊戯性に富んだ作品を選びました。患者・職員の方だけでなく、どなたでも是非ご覧いただければ幸いです。

 

◎入場者数 438名

 

主な新聞記事等

中日新聞
10月17日…「病院に安らぎを 四日市 県立美術館が絵画展示」山田浩平

石崎勝基「移動美術館今昔」 HILL WIND 17 2007年12月14日
 

三重ホスピタル・アート・ギャラリー 会場風景1    三重ホスピタル・アート・ギャラリー 会場風景2

三重ホスピタル・アート・ギャラリー 会場風景3    三重ホスピタル・アート・ギャラリー 会場風景4

 

出品目録+ガイド

no. 作者名 生没年 作品名 制作年 材料 寸法(cm)
1 鹿子木孟郎 1874-1941 津の停車場(春子) 1898(明治31)年 油彩・キャンバス 57.1×39.0
鹿子木は1901(明治34)年からパリでジャン=ポール・ローランスに師事することで、黒田清輝らの外光派系の洋画とは異なる、より古典主義的な西洋画法を日本に根づかせようとした画家です。それに先だって1896(明治29)年から99年まで津の三重県尋常中学校で図画教諭をつとめており、97年には結婚しました。本作品はその時期に描かれたものです。新妻の後ろ姿が律儀な肉付けでとらえられる一方、駅の景観は地塗りを活かしてスケッチ風に処理され、その対照が清新な雰囲気をもたらしています。また褐色、グレー、黒などが主をなす中、着物の袖ふりの赤がアクセントとなっています。
2 新井謹也 1884-1966 森の一隅 明治時代末頃 油彩・板 33.0×23.5
志摩郡鳥羽町に生まれた新井は、1903(明治36)年から京都で洋画を学びますが、1920(大正9)年の中国・朝鮮半島旅行を機に陶芸に専心するようになりました。本作品では何気ない景色が奇をてらうことなく描かれていますが、板の手応えを確かめるようにぴっぴっと横に置かれた筆致と、緑と褐色、白やピンクの対比が生き生きした空気を通わせています。
3 飯田三吾 1900-1965 富田浜風景 1923(大正12)年 油彩・キャンバス 33.5×45.7
四日市に生まれた飯田は、1922(大正11)年大正期の新興美術運動を担うグループの一つ「アクション」の創立に参加した画家です。本作品では、フォーヴィスムの影響をうかがわせる色彩の対比が熱気を帯びた雰囲気をもたらしています。地面と空のもくもくした筆致が舟や家をのみこみそうな勢いでひろがる一方、くすんだ色の中で縦に伸びる赤が印象的です。
4 麻生三郎 1913-2000 紫陽花 1944(昭和19)年 油彩・キャンバス 24.0×33.6
戦前から活動していた麻生は、とりわけ人間像を中心に、写実を基本にしながらも人間のイメージと周囲の空間がほの暗い色調の内で見分けがたいほど溶けあうという独自の作風を確立した画家です。本作品はそうした画風がいまだ模索されていた時期のものですが、緑と青が近接しながらも微妙に異なることで、ひそかなざわめきを伝えています。
5 安井曾太郎 1888-1955 静物 1950(昭和25)年 油彩・キャンバス 72.7×60.6
安井は梅原龍三郎とともに大正から昭和にかけて日本的洋画を代表する画家として活動しました。晩年に近い本作品では、線や彩色が、スピーディーであると同時に微妙な変化をつけられ、その相互干渉が絵を見る醍醐味を味わわせてくれます。色を塗った上から加えられた黒の線が引きしめ役をつとめています。
6 中谷泰 1909-1993 病児と母親 1952(昭和27)年 油彩・キャンバス 80.3×100
松阪に生まれた中谷は、モダニズムの洗礼を受けながらもそれを咀嚼した温厚な写実によって、静物や風景、また炭坑とそこでの労働者などを描きました。本作品でも、絵の表面にへばりつこうとするかのような形やオレンジと青、緑の対比などにモダニズム的な処理をうかがわせつつ、何よりも穏やかな雰囲気を生みだすことが主眼となっています。子どもの身の丈に応じた空間の狭さが親密さを感じさせるのでしょう。
7 鈴木金平 1896-1978 1962(昭和37)年 油彩・板 72.4×60.6
四日市に生まれた鈴木は、第1回ヒュウザン会展(1912)に参加するなどしていましたが、とりわけ1915(大正4)年に出会った中村彝に深い影響を受けました。本作品は固有の作風が成立した時期のもので、あざやかな色彩ともこもこと丸みを帯びた形が装飾的な画面を作りあげています。緑と青という寒色が支配する中、白、オレンジ、褐色が画面をにぎわわせています。
8 小林研三 1924-2001 1963(昭和38)年 油彩・カンヴァス 90.5×65.0
四日市に生まれ、後に桑名で生涯を過ごした小林は、身近な生きものや田園を童話的な幻想として描いた画家です。本作品は小林の作品の内でも単純化の著しいものですが、そのためかえって、白光にひたされた空を鳥の群れが横切る時感じさせる、はてしないひろがりを表わしえています。
9 浅野弥衛 1914-1996 作品 1967(昭和42)年 油彩・キャンバス 31.8×40.9
鈴鹿に生まれ生涯を鈴鹿で暮らした浅野は、白ないし黒の地をとがったもので引っかいた線が、時に自在に、時に規則的に走る作風で知られています。本作品は珍しくピンクと薄紫の画面ですが、ピンクと線の軽快さがマッチして、しかし落ちついた雰囲気をたたえています。
10 諏訪直樹 1954-1990 いたるところで 1980(昭和55)年 アクリル・綿布 79.0×92.0×35.0
四日市に生まれた諏訪は、古来の伝統と西欧の近代が交わる日本の近代において、絵を描くとは何かと考え続けた画家です。本作品では、屏風を参照して折れ曲がった画面が平らな四角という画面とは異なるあり方で視線を走らせるよう促しています。金と青、赤と緑の流動的な筆致が、隠れた弧や斜線に導かれつつ、波や風のように揺れ動いています。
11 伊藤利彦 1928-2006 箱の中の空 No.7 1993(平成5)年 木・ラッカー・ひも・コラージュ 176×197×4.8
四日市に生まれ生涯を四日市で暮らした伊藤は、さまざまな試行を経て、箱の中の白い模型という作風に達しました。本作品はその典型で、箱は折り畳み可能なためかえって、内側の白い飛行機を無限のひろがりへと解放するのではないでしょうか。
12 吉本作次 1959- 樹下休息図 2000(平成12)年 油彩・キャンバス 145.5×112
桑名といなべを拠点とする吉本は、漫画風の人物で見る者を引きこみつつ、絵の中を経巡ることの醍醐味を味わわせようとする画家です。樹下美人図や菩提樹下の釈迦のような図像を連想させる画面は、イメージを軽快に読みとらせることでしょう。しかし決してからっぽではない虚空のひろがりとの緊張によって、充実した存在として現われるのです。またわざと速度を落としたかのような線は独特の表情をたたえています。
13 堀内正和 1911-2001 水平の円筒 1959(昭和34)年 鉄・御影石 30.0×34.0×20.5
戦前から制作していた堀内は、戦後になると幾何学的な形態を何らかの規則にしたがって展開するという方法を採用しつつ、そこにある種のユーモアがただようという作風を確立しました。本作品でも、円筒の一部を切り開いて台座につなぎ、また上半と下半をくねっと橋渡しした結果、人の顔というか目もとだか開いた口のように見えます。
14 柳原義達 1910-2004 1963(昭和38)年頃 ブロンズ 24.0×21.0×13.0
戦後の具象彫刻を代表する作家の一人である柳原の作品は、細々した細部を再現してはいないけれどもそこに生気が宿るという特色をしめしています。本作品は人物や鴉、鳩を主に手がけた柳原には珍しく猫を扱ったもので、伸びをする猫のしぐさが生き生きととらえられています。左の後脚は背中を掻いているのでしょうか。
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