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美術館 > 刊行物 > その他 > その他(報告書など) > 2. 前置きの二 1. ゴヤ、19世紀 20世紀後半のスペイン美術とバレンシアの作家たちをめぐる覚書 石崎勝基


II. 前置きの二

1. ゴヤ、19世紀

マドリードのプラド美術館を歩きまわってみれば、ベラスケスをはじめとする黄金時代の巨匠たちをふくむ中世以来のスペイン美術、ティツィアーノら盛期ヴェネツィア派、ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデン、ボス、ブリューゲルなどのフランドル絵画とともに、ゴヤの作品群がコレクションの核をなしていることにいやおうなく気づかされる。ムリーリョ門側から入って二階に上がるとすぐ出くわす、タピスリーのための一連の下絵も、一見華やかな画面でありながら、ロココ様式特有の小づくりな人体把握が操り人形めいた感触を伝え、下に隠れた褐色地の遍在とあいまって、死臭のようなものを感じさせる点で興味をひくものの、何をおいても圧巻なのは、下って一階の展示室にまとめられたいわゆる<黒い絵>であろう(fig.2)。しばしば空虚なひろがりや闇を人体との対比の内におきつつ、そこを埋める厚く稠密でありながら緊張感を宿した筆致は、暗黒ゆえに教会や国家に保証されえぬそのヴィジョンともども、美術と思考の世界に訪れた近代を感じさせずにはいない。

ただここで、ゴヤ自身にせよ、彼がドラクロワやマネなど後のフランス美術に及ぼした影響についても、ことあらためて記す必要はあるまいし、その能力もない。ところで、スペインの近代美術に関し一般に流布している情報は、ゴヤの後は19世紀末のガウディなど、いわゆるバルセロナのモデルニスモまで飛んでしまい、その間の19世紀全般についてはほとんど抜けおちている。これは、目立ったスターがいないからだといっても、近代美術史があまりにもフランスに片寄って語られてきたからだといっても、いずれまちがいではあるまいが、同時に、フランス以外のヨーロッパの国々、南北アメリカ、そして日本をふくむアジア・アフリカの諸国などが歩まねばならなかった近代のありようを物語るものでもあるだろう。

とまれ、スペインの19世紀美術のおおよその姿は少なくともある程度まで、プラド美術館の別館カソーン・デル・ブエン・レティーロでうかがうことができる。新古典主義とその遺風をつぐアカデミックな歴史画、時にゴヤの影響をしめすロマン主義絵画、レアリスムから外光主義にいたる風俗画や風景画など、少し前まで近代美術の王道と見なされてきた前衛美術を大きく展開させたフランス以外の国々における近代の美術と、それは、大きく変わるものではないようだ。もとより、それらの外見の下にこめられた各地域固有の状況に由来するさまざまなニュアンスは、たとえば日本の近代美術の場合を思いおこせばあきらかなように決して一律であるはずもなく、スペインの場合もその例にもれまいが、精確なところはさらなる調査をまたなければならない(1)


ここでは、バレンシア滞在中、たまたまバンカイシャ文化センターで開かれた回顧展を見る機会をえたホアキン・ソローリャにふれるにとどめておこう(2)(fig.3)。1863年バレンシアに生まれたソローリャ( -1923)は、19世紀末から20世紀の初頭、スペインの近代美術の成立に大きな位置を占める画家とされている。彼の作風は一般に外光主義の範疇に分類されるが、初期のトーロップやアンソール、リーバーマンがそうであるように、動きのある筆致と明るい調子が強調されるにしても、基本的には単一の色調によって画面を構成する点で、厳密な意味での印象主義とは必ずしもいえず、肖像画や歴史画においてはサロン絵画の領域に属する作品も少なくない。ただ成功した作品においては、闊達な筆致が画面に生動感を吹きこんでいる。彼が好んでとりあげた海辺の情景を描いた作品の中には、黄色の大ぶりな筆致で描かれた波の描写が単なる再現をこえて、独自の生命を獲得しているものもある。また20世紀初頭のナショナリスムの風潮の中では、彼の享楽的な作風が女性的異教的と非難されたこともあったという(3)

fig.2 ゴヤ『パルカたち』1820-1823

1. また、『ゴヤとその時代 18・19世紀スペイン美術』展図録、西武美術館ほか、1987。

2. Catalogue of the exposition Sorolla, Centre Cultural Bancaixa, 1995.

fig.3 ソローリャ『泳ぐ女、ハベアにて』1905

3. Serraller,‘Naturaleza y naturalismo en el arte español’, Del futuro al pasado. Vanguardia y tradicióon en el arte español contemporáneo, ibid., p.50-51.

同じくバレンシア出身のイグナシオ・ピナーソ(1849-1916)も外光主義的な作風の画家で、彼の作品は IVAM の常設の核の一つをなしている。

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