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no.2(1987.3)
[資料紹介]・・・

三重県における明治期工芸基礎資料について──@

森本孝

三重県には明治期に行政が行った事業に関する記録が保存されている。海外において開催された万国博覧会関係の資料としては、明治七年七月五日の旧度会県公示『万国博覧会(アメリカ、フィラデルヒヤ)ヘノ出品ニツイテ』が最も古く、続いて同十年八月二十八日付『仏国博覧会へ出品出願ニツイテ』及び十月十二日付『仏国博覧会へ出品願イ出願ニツイテ』などが存在し、『仏国博覧会出品目録』によって、明治十一年のパリ万国博覧会から三重県から万古焼などを出品したことが確認できる。

明治四年から京都において博覧会が開催されているが、現存する工芸と関わりのある史料としては、明治九年の『京都博覧会出品物ノ賞牌授与ニツイテ』からであり、内国勧業博覧会については第一回から第三回まで、期間としては明治十年から二十三年に至る記録が存在し、この時点以降は明治三十年に至る若干の断片的な記録があるのみで、以後の詳細は不明である。また尾鷲市中央公民館図書館にはその蔵書のなかに内国勧業博覧会の出品目録など、当時発刊された資料がある。これらを手がかりとして、第一回から第三回内国勧業博覧会を中心として、万国博覧会など、明治期の工芸に関わる博覧会等の記録を紹介し、若干の考察を付記したい。

新しい日本が誕生し、積極的に西欧から摂取して鎖国によって生じた西欧諸国に対する劣性を短期日に解消しようと、政府は富国強兵に力を注いでいる。当時の日本においく輸出できるものといえば生糸とお茶ぐらいのもので、佗しい農業国でしかなかったから、農業の改良振興と殖産興業に拍車を掛けることが幕末の頃から明治初期における日本の課題であった。紡績工場の建設、続いて造船所、鉄工場等々官設による工業化が国策として行われていった。加速度を加えて累積する赤字を消滅させるために、西欧に対して輸出しうる製品が必要であった。

慶応三年に開催されたパリ万国博覧会へ、薩摩藩と幕府が各々独自に出品したことで、二つの独立した国家であるような錯覚を結果としては諸外国に与えているが、欧州の国家の状況を貪欲に学び、吸収可能なものは総て吸収して、新日本を建設しなければならないという意識はこの頃には共通していた。

海外での万国博覧会を具に調査し、日本の産業を発展させ、国内のあらゆる産業のなかから輸出可能な商品を見いだすための手段として開催されたのが内国勧業博覧会であった。区長から県令を通じて出品という縦割の体制を利用し、万国博覧会に準じた褒賞の形態をつくり、個人の奮起を促すことを狙っていた。産業の発展は差し迫った課題であり、政府は十二万円を支出、各県も巨額の予算を経常し、慌ただしい準備のなかで第一回内国勧業博覧会が開催されている。

「第一回内国勧業博覧会出品主心得」の第二条には、珍敷品物タリトモ、都テカタワノ鳥獣虫魚、又ハ古代ノ瓦、曲玉、書画ノ類ハ此会ニ出スベカラズ。先ヅ出品ノ大概ハ、人々必用ノ物ニテ、追々繁盛ニ致シ度キ見込アルモノ、又ハ御国内へ売払メント思フモノ、或ハ外国ヘ売捌カントスル物歟、其外手際ノ良キ物、又ハ考へ巧ナル事ヲ較ブル等ヲ以テ専一トナスベシ。去ナガラ、是迄ノ産物ヲ古シトシテ捨置、新奇ノ物ヲ求ムルニハアラズ。殊ニ片田舎ノ村々抔ノ産物ニハ、世ノ人ノ相互ニシラザルモノモ有コトナレバ、・・・略・・・是マデ在リ来リノ物タリトモ、ナルベク差出シ、後日ノ利得ヲ計ルベシ。

とある。明治四年十月十日から十一月十一日の間、京都本派本願寺に於て三井八郎右衛門、小野善助、熊谷久右衛門が主催して行われた京都博覧会が骨薫品のみで新作のものは皆無であったような当時の状況や、博覧会に対する一般的な認識を考慮して、内国勧業博覧会開催の目的などを国民に伝達し出品を、求めたものであった。

第一回内国勧業博覧会は、明治十年八月二十一日から十一月三十日までの約百日間、上野公園内で開催され、出品人員は一万六千、入場者数も四十五万人を越え、政府が期待した充分な成果を得たといえよう。陳列品は第一区鉱業及び冶金術、第二区 製造物、第三区 美術、第四区 機械、第五区 農業、第六区 園芸、と区分されて展示され、工芸品は第二区に含まれていた。明治十四年の第二回内国勧業博覧会もその分類は変わらなかったが、明治二十三年四月一日から七月三十一日の間、上野公園内において行われた第三回内国勧業博覧会では、産業としての工芸品に対する期待が増大している。

初回のような混乱は消失した第三回目を迎えた内国勧業博覧会では、開催の目的について、「第三回内国勧業博覧会地方官心得」(明治二十一年十二月三日訓令第二号)において

【第一条】

 第三回内国勧業博覧会ハ学理、技術、経済ノ三要ヲ趣旨トシ第二回内国勧業博覧会ノ例ニ傲ヒ各府県ノ出品ヲ一場ニ陳列シ物産ノ改良進歩ヲ誘ヒ販路ノ拡張ヲ謀ルニ在リ故ニ時勢ノ推遷ヲ考ヘ現今及ヒ将来ニ実益アランコトヲ主トセムヘシ

【第四条】

 出品ノ多カランコトヲ望ムカ為メニ異種異様ノモノニシテ進歩ヲ示ス足ラス又販路ヲ広ムルノ途ナキモノヲモ採集スルハ本本会ノ目的ニアラス故ニ出品ヲ選択スル二当り深ク三要ノ趣旨ヲ了シ官物物産ノ進歩ヲ示し販路を内外拡張スヘキノ方向ヲ取ラシムヘシ

 と述べ、「第三回内国勧業博覧会出品主心得」(明治二十一年二月三日告示第四号 以下「出品主心得」と記載)には緒言において

 第三回内国勧業博覧会出品は学理、技術、経済の三要より成るものなり 其部類品種に因り 此の三つの要点を皆含むものあり 又は其内の二つを兼ね或は一つの性質に出るものありて固より一様ならずと雖も凡そ此の三要は出品物の製作、組立に於て最も欠くべからざるの基礎にして徒らに観美、巧緻を貧り又は軽薄なる考へをもちて着実ならざる粗大の物などを造り実用に適せざるの類は本会の望む所にあらざるゆへ能く此主旨を弁へ務て実益に着目すべし、要するに本会への出品物は何品に限らず前に述べたる三要に拠り専ら其本を立つるを以て肝要なりとす

出品は部類を分ち無数の品物を一つの場所に集め部に拠り類に従ひして各自ら拵らへたる品物の善悪損得を一目の下に知り意匠、技術を闘はし勉めて意を実益に注がしめんとするにあり

と具体的に述べている。部類については、明治二十年に告示された「第三回内国勧業博覧会規則」の第一章第四条に

 出品を大別シテ左ノ八部ト為ス部中ノ類別ハ部類目録ヲ以テ別ニ之ヲ定ム

  第一部−工業
  第二部−美術
  第三部−農業及園芸
  第四部−動物
  第五部−水産
  第六部−山林
  第七部−鉱業及冶金
  第八部−機械

とあり、「第三回内国勧業博覧会規則更正追加」(明治二十一年八月二十八日の告示第二号)によって

  第一部−工業
  第二部−美術
  第三部−農業及山林園芸
  第四部−水産
  第五部−教育及学芸
  第六部−鉱業及冶金
  第七部−機械

と更正され実地の運びとなっているが、更に明治二十三年三月二十五日に出版された「第三回内国勧業博覧会場案内」によると、第一部 工業の出品の部類は、

  第一類−化学製品及薬剤類
  第二類−焼窯製品類
  第三類−玻璃類
  第四類−七宝類
  第五類−金工類
  第六類−漆器類
  第七類−木竹類の製品類
  第八類−動物鉱物の製品類
  第九類−百工用具及利器諸金物類
  第一〇類−焚焼具及点火器類
  第一一類−糸及織物類
  第一二類−衣服、装飾其他雑品類
  第一三類−紙及其製品類 
  第一四類−写真及印刷類 
  第一五類−軍器及狩具類 
  第一六類−土木工作(鉱業ノ土木ハ第六部)

第二部の美術は、

  第一類−絵画類
  第二類−彫刻類
  第三類−造家、造園の図案及雛形類
  第四類−美術工業類
  第五類−版、写真及書類

と分類され、出品部類説明を「出品主心得」で次のように説明している。

〇第一部(工業)に属する出品は既に出来上りて直に用らるべき品物に限るゆへ其原料ヘイに半製物即ち幾分か手をつけたるものは共に此部類の外とす例へば絹、麻、木綿、撚糸、染糸織物の如きは此部類に属すれとも繭、生糸、綿及綛糸の如きものは第三部の内(農業)に属すべきものとす尤も製品の順序を示す歟又は参照の為め其原料、半製物を添るとすは其訳柄を明らかに示すべし又既に出来上りたる品なりとも其用る方に因り部類の定まりたるものは各其部類に拠るべし即ち農業用具は第三部漁業用具は第四部に属する類の如し

一 同種の製品にして第一部或は第二部に属する区別あり 陶磁器、漆器、金属類、織物、縫物、竹木製品其他玉、石、牙、甲等の諸品にして専ら彫刻若くは画紋、装飾の美術を示すべき目的を以て拵らへたるものは第二部に属す 又品質の善きこと、製作の精しきこと、代価の安きこと、用途の便利なることを目的とし或は釉色若は効用を主とするものは仮令何程かの彫刻画紋などありとも是等の類は第一部に属す故に第一部に於ては適当とするも第二部に出陳に協はざるものあり 又第二部に於て取るべきも第一部に取らざるものあり 

 若し此区別を誤るときは其目的の違ひしため出品主の不利益となることもあるべし 依て次第を能く弁へ部類の分別に注意すべし

一−第二部第一類(絵画)は内外各派の水彩画油絵、鉛筆画、焼絵、漆絵等の類とす
  ・・・略・・・

一−第二部第四類(美術工業)は以上三項の外に於いて殊に美術の精妙なる巧技を実用品に応用せるものとす

一−同類其一に漆器とあるのは蒔絵、螺鈿、堆朱及キュウ漆の器物類とす

一−同類其二に金工とあるのは金属のツイ起、ツイ陥各種の象眼、鋳物及色金、交金製の器物類とす

一−同類其三に陶磁、玻璃、七宝類とあるのは画様及形状、施釉、配色等の精妙なる器物類とす

一−同類其四に織物、繍物類とあるは絹、綿、毛等各種の織出、画紋、刺繍の画紋、染画の類とす

一−同類第五に家具とあるのは指物、挽物、刳物、籃籠及書架、机、卓、椅子、化粧台、座屏ヘイに飲食器の類にして家具の用を主として精妙なる粧飾を加へたるものとす

一−同類其六に各種の美術工業とあるは木雑嵌、芝山雑嵌、寄木細工、紋紙其外前項に入らざる精妙を主とせし諸品す

「第三回内国勧業博覧会事務テン末」によると、第一部 工業の出品品数は二六九八五二個、出品人数一七八三六人で、第二部 美術では出品品数三一七二個、出品人数一四二四人、総数では出品品数四四一四五八個、出品人数八〇一四七人と、膨大な数値になっている。

 各国で開催された万国博覧会を参考にした内国勧業博覧会の褒賞制度は、「第三回内国勧業博覧会規則」第五章第四十三条において次のように規定して実地され、第一部では名誉二件、進歩一等一二件、進歩二等三八件、進歩三等六一件、有効一等三〇件、有功二等一九二件、有功三等九九五件、協賛三等二件、褒状三六七〇件、第二部では名誉一件、妙技一等一三件、妙技二等六三件、妙技三等一三四件、協賛一等一件、統計一六一五六件であった。巻末に「第三回内国勧業博覧会褒賞授与人名録」のなかから、第二部・美術を紹介する。

 出品中優等ノモノニ対シ其出品主ニ褒賞ヲ授与ス出品主製産者ト異リ若クハ協賛人アルトキハ或ハ其一人ニ授与シ其各人ニ授与スルコトアルヘシ其授与ノ褒賞左ノ如シ

一−名誉賞牌 金造
 全国ニ冠絶シ名誉ヲ海外ニ輝カスニ足ルヘキ出品ヲナシタル者ニ与フ

一−進歩賞牌 銅造 自一等至三等
 発明改良等ニ因リ進歩ノ著シキ出品ヲナシタル者ニ与フ

一−妙技賞牌 銅造 自一等至三等
 美術の卓絶ナル出品ヲナシタル者ニ与フ

一−有功賞牌 銅造 自一等至三等
 物産ヲ増殖シ販路ヲ弘メ估価ヲ低クシ或ハ便宜益ノ機械器具ヲ適用シ模造移殖セシ等ニ因テ功労アル者若クハ従来ノ方法ニ由ルモ他ニ超越スル出品ヲナシタル者ニ与フ

一−協賛賞牌 銅造 自一等至三等
 物品ノ採集考案ノ指示又ハ出品ノ製産ニ与カリ協助ノ功アル者ニ与フ

一−褒状
 前期ノ諸項ニ亜グヘキ出品ヲナシタル者ニ与フ

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