このページではjavascriptを使用しています。JavaScriptが無効なため一部の機能が動作しません。
動作させるためにはJavaScriptを有効にしてください。またはブラウザの機能をご利用ください。

no.1(1983.3)

創刊にあたって

陰里 鉄郎

三重県立美術館は一九八二年(昭和五七年)九月に開館したが、開設にあたり「県立美術館基本構想」案が三重県文化審議会の承認をえて、一九八〇年(昭和五五年)四月に美術館建設準備室が設置された。その時点から三重県立美術館における本格的な研究活動は開始されたのであった。

国・公立に限らず現代におけるすべての美術館の活動の基本は、活動の中枢をなす学芸に従事する美術館員(学芸員)の研究活動にある、と私たちは考えている。収集、保管、展示、教育普及といった美術館の果すべき役割と任務のすべてが、美術と美術作品についての学芸員の調査や研究を基盤としてなされねばならないということである。こうした観点にたって、美術館建設準備室が設置されると同時に、建物の建設がすすめられる一方で、収集活動に入るとともに調査研究活動を開始したのである。これまでの調査活動をたどってみると、一九八〇年度には三重県内に遺存している江戸時代絵画の調査、一九八一年度には県内の工芸遺品について主として古伊賀焼、古萬古焼の調査、一九八二年度には三重県内の社寺に所蔵されている仏教絵画、主として鎌倉・室町時代の作品の調査をおこない、一九八三年度には明治期以降の三重県出身あるいは三重県と関係の深い美術家とその作品の調査を予定している。江戸時代以前の美術の調査に関しては、当美術館以外のそれぞれの分野における気鋭の研究者に協力をあおぎ、できる限りの資料の作成をおこなってきた。

このような活動のなかから収集品の適切な撰択もなされ、また開館後の展覧会活動へも充分にその研究活動が反映されてきたと自負している。具体的に言えば、曾我蕭白、月僊等の作品収集、江戸文人画作品の寄託があり、藤島武二、宇田荻邸の作品収集、その大規模な回顧的展観の開催などがそうであった。これらは美術館外の多くの理解ある協力者の支援もさることながら、美術館における学芸活動としての研究活動の成果のうえになったものである。そのことは展示と同時に刊行されている展覧会目録に収録されている諸論文にも認められるであろう。

美術館における研究活動は以上をもって完結するわけではない。収集、展示のための研究はさらに収集、展示以後の研究を誘発する。収集された、展示された作品それ自体が、また構成された展示会自体が、さらなる研究をわれわれに課する、といえよう。

繁忙な美術館業務のなかから、ここにささやかながら「三重県立美術館研究論集」第一号を刊行するはこびとなった。本美術館の研究スタッフが、その個性に応じた研究をこれからも発表しつづけていくことになるであろう。

(三重県立美術館長)

ページのトップへ戻る