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no.1(1983.3)
[資料紹介]

伊勢地方の蕭白画二件

毛利伊知郎

伊勢地方は、播州地方とともに、曾我蕭白が数多くの作品を遺した地域として、近年研究者の注目を集めている。伊勢地方に残る蕭白画については、既に辻惟雄氏によって詳しい報告がなされているが、▼1ここでは筆者の管見に及んだ蕭白の水墨画二件につき報告を試みることとしたい。



一、山水図 一幅  個人蔵

この作品は、三重県松阪市に近い多気郡多気町相可(おうか)の旧家に蔵される。多気町相可の地は、江戸時代までは熊野街道と和歌山街道との分岐点として賑った地区で、現在でも多くの旧家が軒を並べている。


さて、この山水図、比較的小幅でありながら、樹葉の表現には吹き墨の技法も用いて丁寧描き込まれた佳品で、季節を考慮するならば、夏景山水図とでも称すべきものであろう。


画面上方の落款は、「蛇足軒蕭白 曾我左近次郎 暉雄筆」の款記と、「曾我暉雄」白文方印、及び「蕭白」朱文方印である。印章二顆は、有名な極彩色の「群仙図屏風」や「鷹図」、あるいは伊勢路に現存する「雪山童子図」(松阪市・継松寺蔵)、「竹林七賢図襖」(多気郡明和町・個人蔵)のそれと同印である。また三行にわたって記された落款の、やや生硬さの感じられる書体は、上記「群仙図屏風」の落款書体と比較的近いように思われる。


この作品にあっては、蕭白晩年の作と考えられている「四季山水図押絵貼屏風」や「山水図屏風」(東京芸術大学蔵)などに見られる、対象を極度に図式化した、抽象性すら感じさせる硬い表現はあまり認められず、作風的にはより自然で柔らかい描写がなされた「月夜山水図屏風」(近江神宮蔵)等の表現に共通する点が多いようである。


本図の制作年代等の詳細は不明であるが、前記の印章や作風から見て、蕭白が二度目の伊勢旅行を行い、朝田寺障壁画、継松寺「雪山童子図」等を制作した時期とされている明和元年(一七六四)、蕭白三五歳頃に本図も描かれたと考えるのが、最も妥当ではないかと思われる。



二、鳥獣人物図押絵貼屏風 六曲二隻 
上野市・西蓮寺蔵

この屏風、上野市郊外の西蓮寺に所蔵される。同寺は、天台真盛宗に属し、古くは観音寺と号したが、明応年間(一四九二─一五〇一)真盛上人入山を機に西蓮寺と改称したと伝える。


本屏風の現状が当初の状態であるかどうかは明らかではない。ただ、各図の落款の位置等からみて、現在の各図の順序には、特に規則性は認められず、一二図の現排列は後世になされたものと思われる。先ず、各隻の現状を記しておく(各図の順序は向かって右から左の順である)。


A隻

図1 鶏図
 画面右に「曾我蕭白画」の款記及び「蕭白」朱文方印、「曾我暉雄」白文方印(以下、各図とも印章は同印)。

図2 雪舟馬図
 落款印章消失。

図3 芦雁図
 画面右に図1と同じ落款印章。

図4 雪舟馬図
 画面左に「左近二郎暉雄画」の款記と印章二顆。

図5 猿猴図
 画面左に図4と同じ落款印章。

図6  雁図
 画面左に図4・5と同じ落款印章。

B隻

図1 拾得図
 画面右に「曾我左近二郎暉雄画」の款記と印章二顆。

図2 蘇東坡図
 画面右に「蛇足軒蕭白画」の款記。印章判読不明。

図3 皇帝図
 画面右に「曾我左近次郎暉雄画」の款記と印章二顆。

図4 布袋図
 画面左に図2と同じ落款及び印章二顆。

図5 蜆子和尚図
 落款印章判読不明。

図6 寒山図
 画面左に図4と同じ落款印章。


以上が、各6図ずつの画題と落款であるが、二隻とも図1と図6の二図は、横幅が他図よりやや小さく、縦一二八.九cm、横四九.二cm、図2から図5の四図は、縦一二八.九cm、横五二.〇cmとなっている。


前述したように、現状の各図排列には、特に規則性は認められない。制作当初の状態が全く不明であるので、断定は不可能であるが、画題や落款の位置等から推測すると、本屏風の一二図は、あるいは次のような二図ずつの対幅画として描かれた可能性もあるように思われる。


 イ、A隻図1(鶏図)と図5(猿猴図)

 ロ、A隻図2と図4(いずれも雪舟馬図)

 ハ、A隻図3(芦雁図)とと図6(雁図)

 ニ、B隻図1(拾得図)と図6(寒山図)

 ホ、B隻図2(蘇東坡図)と図3(皇帝図)

 ヘ、B隻図4(布袋図)と図5(蜆子和尚図)


さて、これら一二図に記された落款は、各図の略画的な作風と相応するように、いずれも草 書風あるいは行書風の書体が用いられており、また一部損傷している箇所もあつて、他作品の落款との比較検討には困難を覚えるが、例えばB隻図4(布袋図)のそれなどは、「蝦蟇鉄拐図」(東京国立博物館蔵)の落款書体と近いようである。


この作品に使用されている二顆の印章は、蕭白画ではしばしば見られる、小型の「蕭白」朱文方印と「曾我暉雄」白文方印とであるが、後者の白文印は、先述した「山水図」あるいは「雪山童子図」、「群仙図屏風」、「竹林七賢図襖」などに捺されたものが示す左辺の欠損が認められず、印文の状態としては、上記の「蝦蟇鉄拐図」や「寒山拾得図」(興聖寺蔵)、あるいは「富士三保松原図屏風」のものと同じ状態を示している。


各図とも、濃墨と淡墨とをうまく併用して、対象を略画風に活写しており、作風的には松阪市朝田寺に残る「布袋芦雁図屏風」や「雄鶏図」、「布袋図」と近いようである。朝田寺のこれらの作品は、その作風や印章等から宝暦八年(一七五八)頃に行われた蕭白の第一回伊勢旅行の際に制作されたものとする説が有力であるが、▼2ここに紹介した押絵貼屏風の一二図も、この宝暦八年を大きく隔たらない頃の制作になる可能性が大きいように思われる。


以上、伊勢地方に残る蕭白画二件について紹介を行った。先にあげた「山水図」は、その作風や印章の組合せから見て、上述のように明和元年(一七六四)、蕭白三五歳頃の制作である可能性がかなり大きいと考えられる。一方、西蓮寺蔵の押絵貼屏風は、蕭白の第一回伊勢旅行 の際の筆になると考えられている朝田寺蔵の「布袋芦雁図屏風」等に近い作柄を示していると 思われるが、後者に捺されている「鸞山」及び「曾我氏」の印章が、西蓮寺屏風では全く見られない点、両者を同系列・同時期の作品とすることには若干の不安が感じられる。こうした西蓮寺屏風の位置づけについては、今後の検討課題としたい。


(もうりいちろう 学芸員)


▼1 辻惟雄「伊勢に残る曾我蕭白の作品」『国華』九五二号 昭和四七年。

落款・印章

山水図



鳥獣人物図押絵貼屏風

A-図1 鶏図


A-図3 芦雁図


A-図4 雪舟馬図


A-図5 猿猴図


A-図6 雁図


B-図1 拾得図


B-図2 蘇東坡図


B-図3 皇帝図


B-図4 布袋図


B-図6 寒山図

▼2 註一の辻論文および、マニー・ヒックマン「曾我蕭白」『日本美術絵画全集 第二三巻 若沖・蕭白』所収集英社 昭和五二年を参照。


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