このページではjavascriptを使用しています。JavaScriptが無効なため一部の機能が動作しません。
動作させるためにはJavaScriptを有効にしてください。またはブラウザの機能をご利用ください。

ミニ用語解説 オリジナル・プリント

写真家が完成作と認めた印画(プリント)の段階をオリジナル・プリントというが、その扱いは写真家によりかなり異なっている。例えば、プリントそのものを表現活動の中心に置いた、米国の写真家アンセル・アダムス(1902−1984)にとっては、現像のプロセスが作品の質を決定する重要な役割を担っていたのに対し、写真集という印刷物を発表の場と考えたフランスの写真家アンリ・カルティエ=ブレッソン(1908− )は、現像の多くをプリンターのピエール・ガスマンに委ねている。本来、複製芸術である写真にとってオリジナルであるということは、アポステリオリ(後から発生した)な概念なのだが、その価値を問うことは写真芸術を考えるうえで重要な課題であるといえる。ひとつには、失われた写真の発掘、復刻に関する作業のなかで起こるモダン・プリント(後焼)との対比として。もともとヴインテージ・プリント(初出プリント)の判らないウージェーヌ・アジェ(1857−1927)の作品の場合、ネガから彼の撮影意図を再現する解釈が必要となるが、その時オリジナル作品の意味が重要となってくる。復刻する現像師は自らのモダン・プリントによって、アジェのオリジナル作品を解釈する立場に立たされるからだ。そしてそこでは、オリジナル作品に対して、複製芸術に固有な大衆性を否定した価値が付与されることになる。奇妙なことに、現代人が写真に求めているのは、まさにその「非=大衆性」なのである。写真は、19世紀に、工業化社会の副産物として芸術の分野に登場してきた。それは、大量生産・消費が可能な規格製品として、大衆社会に溶け込んでいるはずであった。しかし私たちが、誕生して150年余を経過した写真に望んでいることは、発案者の意図を超えて、脱工業化の方向に向かう個性の主張であり、画一化されていない多様な価値観なのである。

ウージェーヌ・アジェ 「サン・クルー、公園、泉」
ウージェーヌ・アジェ
「サン・クルー、公園、泉」
1925年
ガスマンによるモダン・プリント

〈荒屋鋪 透・学芸員)

友の会だよりno.27, 1991.8.1

合体版インデックス 穴だらけの用語解説集
ページのトップへ戻る