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ミニ用語解説:明暗法(キアロスクロ)−1

ルネサンスから十九世紀なかばまでのヨーロッパ絵画史において、画面に表わされる空間の枠組みをなしたのは、線遠近法である。ただし、線遠近法はあくまで骨格であって、具体的に画面を肉づけする点では、明暗法および空気遠近法の役割の方が大きかった。明暗法は、明るい部分を手前、暗い部分を奥とおきかえ、その間を明暗の連続的な推移によってむすぶことで、対象の立体感を再現しようとする。古代ローマ絵画の作例を別にすれば、まずジオットにおいて、荒削りながらモニュメンタルな成果を残した後、マザッチオをへて、レオナルドのスフマートによって完成されたと、ごく大まかにはいえるかもしれない。

明暗の漸進的変化によって立体感を再現するためには、ひとつひとつで前進後退や膨張収縮といった効果を与える色彩がてんでに発言しては、ばらばらになってしまう。そのため、レオナルド以降の近世絵画は、基本的にモノトーンを基調とすることになるだろう。また、明暗の変化の連続性を獲得するにあたっては、ジョルジオーネ以後のヴェネツィア派を転換点に、絵画のおもな技法が、フレスコおよびテンペラから油彩に移ったこともあずかっている。ただし、油彩技法を完成したヴァン・エイクらネーデルランド絵画における、板に白い地塗りをほどこし、その上に薄く溶いた透明な絵具を幾重にも重ねることでえられた色彩の輝きは、イタリアを起点にした近世絵画の主流において、モノトーンヘの還元に反しない範囲に制限されてしまった。対するに、褐色など中間色から出発する方が、比較的狭い範囲で明暗の調子を整えやすいことから、褐色などの有色地塗りがしばしば用いられるようになる。その際、最明部のハイライトは厚塗り、最暗部は薄塗りで描くのが、基本的なパターンである。

(つづく/石崎勝基・学芸員)

友の会だよりno.32, 1993.3.1



ミニ用語解説:明暗法(キアロスクロ)−2

明暗の調整は、広大な視野のひろがりよりも、狭い、いいかえれば人体を尺度とする空間での方が有効であろう。実際、明暗法は、一方で現実の実在感の再現、すなわちいわゆるレアリスム、他方で人体にモニュメンタリティーを与えようとする理想主義、この両者の要請から生みだされたものということができる。この要請がリアリティを保つかぎり、明暗法は効力を発揮しえた。しかし、十九世紀において、ルネサンス以来の人間中心の理想主義/レアリスムが揺らいだ時、明暗法は解体せざるをえなかった。しかもこの解体は、明暗法自身に内在していた因子を引金とすることになる。

レオナルドのスフマートの機能は、浮彫り的立体感の強調と同時に、そうして浮きでた凸部を、画面全体の空間に連続的に溶かしこむことにあった。とすれば、突きだす形象の存在感が失なわれれば、いっさいは光と影が戯れる幻に変じてしまうだろう。これが、レオナルドとヴェネツィア派以降、徐々に彫塑的な実在感を減じていく〈絵画的(マーレリッシュ)〉様式に内在し、やかてタ−ナーと印象主義によってつきつめられる帰結である。また、明暗法が有効にはたらくための狭い空間は、奥行きを浅くし、いずれは平面性の自覚に向かわざるをえない。風景描写の展開とダヴイッドのフリーズ状構図においてその事態は明瞭になり、アングル、そしてマネにあって画面の構造の枢要をなすにいたった。そして、いっさいを光の函数に還元し、画面上のあらゆる点が等価となる写真の登場によって、明暗法をささえた絵画的レアリスムはとどめをさされることになる。それ以後、とりわけゴーギャンとマティスにおいて、画面が平面であることをふまえた上で、色調によるのではなく、色自体の関係によって作品を組みたてようとする作業が現われるのも、当然だったのだろう。

ただし、明暗法が完全に消え去ったわけではない。平面とイリュージョンの関係が徹底的に問われた時、すなわち分析的キュビスムとポーリング期のポロックにおいて、明暗法は再び参照されることになるはずだ。

(石崎勝基・学芸員)

友の会だよりno.33, 1993.7.10

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