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友の会・ミニ用語解説

清水登之《チャプスイ店にて》、《蹄鉄》+ミニ用語解説「アメリカン・シーンの画家たち」 

中谷伸生

 
清水登之 チャプスイ店にて

《チャプスイ店にて》
1921(大正10)年
油彩・キャンバス
71.1x55.9cm


 

清水登之 《蹄鉄》

《蹄鉄》
1925(大正14)年
油彩・キャンバス
81.0x65.0cm


 

1930年前後のアメリカは、大恐慌の嵐が吹き荒れて、企業の倒産や労働者のストライキが誘発されるなど、社会は混乱の渦と化していました。それこそ、日々の食事にも事欠く民衆が巷にあふれ、多くの人々は将来の目標を失って、希望のない毎日を送っていたのです。

こうした悲惨な社会状況、とりわけ1920年代から40年代にかけてのニューヨークを舞台とする都会の生活を、でき得る限りありのままにえぐり出そうとしたさまぎまな傾向の画家たちを総称して、広義に<アメリカン・シーンの画家>と呼んでいます。広い意味でというのは、<アメリカン・シーン>という言葉が、狭義には、都会の風俗を採り上げつつも、社会の現実には無関心な流派を指す場合があるからなのです。しかしその一方で、搾取にあえぐ低所得者層や、差別と貧困で坤吟する庶民の生活をテーマとして、いわば社会を告発する姿勢を崩さなかった社会派の画家たちがいました。そうした画家たちの作風を、その思想的立脚点という観点から、思い切って説明すれば、いわゆる<社会主義的リアリズムの絵画>といえるかも知れません。私がここで述べようとする<アメリカン・シーンの画家>とは、こうした立場に身を置いた連中のことです。それらの中、注目すべき活動を行った作家たちを列挙すれば、ジョン・スローン、レジナルド・マーシュ、それに「誰かが私のポスターを破った」(1943年)という近代洋画史上における屈指の絵画を制作した国吉康雄、石垣栄太郎、そして美術学校アート・スチューデント・リーグでスローンの教えを受けた清水登之といった面々の名前が思い浮かびます。とりわけ極貧の生活を強いられた清水は、黄色人種に対する偏見と闘いながら、まさに出稼ぎ労働者の毎日を送っていたのです。

清水の評価を決定的にしたのは、1923年の10月に、ニューヨークのブルマー画廊で開催された個展でした。「チャプスイ店にて」(1921年・表紙図版)は、その2年前に制作された油彩画ですが、すでに清水独自のスタイル、つまり画風、絵の趣とでもいうべきものが、しっかりと確立していたことが窺われます。<チャプスイ>(chop suey)とは、英語で「英国式の中華料理」という意味です。清水はアメリカの中華街の一角を、ピカソらのキュービスム(立体派)風、あるいはプリミティヴ(素朴な味わいを持つ様式)な鋭い様式でリアルに描いています。濃茶系統の色調は、重みのある深さを保持すると共に、また大変美しいものです。中華街の料理店で食事をとる人々の風俗を扱った作品ですが、画面中央のアメリカ人の水兵や食事をする東洋人のモティーフ(人、机、家といった画面に表現された題材)など、人種の坩堝であるアメリカ社会、その中でも特に複雑な性格を覗かせる中国人街の情景の生き生きとした描写となっています。

アメリカで生活して、絵画制作に励んだ後の1924年(大正13)に、清水はフランスへ船出しました。このフランス滞在中の1925年2月下旬より3ヶ月あまり、清水は親友の彫刻家、清水多嘉示と一緒にスペイン旅行を行います。おそらく、このときに描いたのが「蹄鉄」(1926年・裏表紙図版)です。馬の蹄に金具を打ち込む職人の少々ユーモラスな姿がモティーフとなっており、背後に掛けられた店の看板には、スペイン語で<馬の靴屋>(ZAPATERO DE CABALLOS)と書き込まれています。清水特有のがっちりとした形態の捉え方、重厚で量感のある人物描写。画面全体の印象は、明快で一種の素朴さを表す、いわゆるプリミティヴ派の絵画といえるでしょう。

かつての日本においては、<アメリカン・シーンの画家>といえば、いかに作品の質が高くとも、パリで活躍した画家たちの影に隠れた傍系の作家という感じでした。その理由のひとつとして、パリに憧れた日本の洋画家たちにとっては、アメリカという国は、ほとんど興味の対象とはならなかったことが指摘されます。このことはまた、日本近代洋画史において、清水らの<アメリカ・シーンの画家>の系列にある作家たちが占める、正当かつ適切な場所が長らく設けられなかったということでもあります。

(中谷伸生)

友の会だよりno.16 1987.11.20

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