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四人の三重県出身の画家 − 移動美術館桑名展

2003年度初めての移動美術館は、桑名市博物館で開催されますが、会期は4月16日から5月5日までと、これまで以上に、長期にわたります。この展覧会のなかから、今回は三重県出身の画家を4人とりあげて紹介しましょう。

 

小林研三は四日市の出身ですが、ほほ終生を桑名で過ごしました。童話的な画風として知られていますが、そこに登場する小さな家は、妻が待ち友人が訪れる我が家であり、犬や猿や狸や鳥たちは、小林が愛情をもって飼い続けた、というよりは共に生きた仲間だったので、その思い出がぎっしりつまったという意味で「生活すること」がそのまま「夢」になった世界だといえそうです。その片鱗はすでに『ベルの想い出(犬)』に明かで、パウル・クレーの詩情にかよう画面に、小林の出発点の初々しさがみてとれますが、『私の家』に到る長い歩みのなかで、いらないものは捨てられ、画面はすっきりと澄んで、まるで鳥や動物たちの眼でみるような、優しいことがつよいことである空気がそれらを柔らかく包んでいます。

 

四日市に現在も住む木下富雄は、日本人である自分の体質には油絵よりも版画が合っていると考えて木版画を選びました。『Face(丸と角)』は1982年の刷りですが、作品の大部分につけた『顔』やFFace』という題がおのづから語っているように、人生とか人間の運命という重たくなりがちな劇を、もっぱら顔に焦点をあわせ一種象徴的に表そうとしています。その無表情の表情は、能面のようによけいな感情をばっさり切りすて、かえって見る人の心の奥までとどいて、ユーモラスにも陰鬱にも、瞑想しているようにも悲しんでいるようにも、あらゆる感情を含んだ奥行をあたえられるためか、最後には、かすかな音さえ呑みこむ深さの感覚をともなった沈黙が残るということになりそうです。

 

浅野弥衛は鈴鹿市の出身。小林研三も木下富碓もそうですが、この浅野も美術学校などとは無縁で、その師匠も弟子もない独学独歩の日々から他に真似ようのないスタイルが誕生しました。その絵の題にしても『無題』か『作品』かで、一見ぶっきらぼうですが、なんどかみるうちに、その線の自由な動きに心を預けて楽しんでもらうようになれば、具体的な題などかえって邪魔だということを考えたあげくの、本当の親切であり気くばりなのでしょう。そのうえで、気ままな即興とみえる全体から細部をとりだすと、手抜をゆるさない、きわめて職人的な腕の冴えに支えられていると気づけば、絵をみる楽しみはもっと深くなるはずで、きわめてシンプルな自と黒の印象がもたらすきもちのいい静けさは、古くて新しい日本の懐かしさという言葉を紡ぎだしそうな気配です。

 

最後に中谷泰を手短かに紹介しましょう。松阪に生れた中谷は、自然と人間の接点として労働するひとびとの「場」をとりあげ、おだやかな色彩でそれを描きました。『煤煙』はそのいい例ですが、生来の抒情がにじんだ『烏賊のある静物』のような小品にも小品ならではの魅力があふれています。

小林研三〈ベルの想い出(犬)〉1950年
小林研三〈ベルの想い出(犬)〉1950年


 

 


浅野弥衛〈作品〉1964年


 

(東俊郎・学芸員)

友の会だよりKAWARA版 No.10, 2003.3.31

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