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2009 新春企画展への誘い

哀歓と詩情の画家 山口薫展

1月4日(日)〜2月22日(日)

 山口薫は1907年、群馬県に生まれ、豊かな自然の中で少年時代を過ごしました。やがて画家を志し上京、東京美術学校、次いでフランスに学び、帰国後は新しい日本洋画の創造をめざす画家たち中心的存在として活躍しました。また母校である東京藝術大学で教鞭をとり、後進の育成にも尽力しました。
 フランス留学中はマティスやドランといったフランスの画家に影響を受けますが、日本に帰国後は朱や黒などの大胆な色彩を用いた抽象的な作品やどこか古代神話世界を思わせる作品を描きます。さらに戦前から戦後へと時代が大きく移り変わるのとともに、明るい色面で分割された抽象と具象の狭間を行き交うような作風から、モチーフが画面に淡くとけ込むような絵肌をもった作風へと次第に変化してゆきます。
 《シュミーズの女》はパリ留学中に描かれました。モデルの女性は、ワンダというイタリア人女性で、この作品以外にも数点、彼女をモデルに描いた人物画が残されていますが、いずれも完成度が高いものになっています。女性の瞳に宿るかすかな愁いは、のちの代表作《花の像》を彷彿とさせます。ちなみにこの時期以降用いられるようになる「yamagouti」というサインは、このモデルから教わったものだといいます。  今回の展覧会は、山口薫の郷里・群馬と、フランスから帰国後にアトリエを構え暮らした世田谷、そして三重を巡回する大規模な回顧展です。9月に行われた群馬県立近代美術館での開会式には山口薫のご遺族、ゆかりの深い方々も多数ご出席され、華やかな幕開けとなりました。2007年は生誕100年、2008年は没後40年という節目の年を迎えた山口薫の画業の全貌を、油彩作品約90点と水彩、スケッチ、資料などを通してご覧いただけることと思います。
 詩情と哀歓にあふれ、いまなお愛され続ける画家・山口薫の作品を、どうぞ存分にお楽しみください。

原舞子(三重県立美術館 学芸員)

友の会だより79 2008.11

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