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海外研修を終えて

リニューアルに伴う、約一年間の休館期間を利用して、2002年11月半ばから約4ヶ月、主にイギリス、ロンドンで研修を受けてきました。「研修」というと、どこか決まった場所で日々講義を受けたり、実習を行ったりといったことを想像されるかもしれませんが、今回については、最初から最後まで自分で組み立て実行せねばならず、文字通り右も左も分からぬ霧の都倫敦で、毎日が格闘の連続でした。

この研修の目的は、三重県立美術館を代表する作品である、ムリーリョ《アレクサンドリアの聖カタリナ》の調査です。日本で17世紀ヨーロッパの本格的な絵画を所蔵する美術館はごくわずかです。残念ながらこの作品についてこれまで十分な調査を施してきたとは言えず、当館に収蔵される前の来歴や、その図像の意味などについて不明なところが多くありました。スペインの画家を調査するのにイギリスに滞在するとは、合点が行かない方もいらっしゃるかもしれませんが、実は19世紀半ば、王侯貴族がこぞってムリーリョの作品を買い集めるというブームが起こり、画家の母国に告ぐ数を所蔵する国なのです。

100日を越す長期の滞在をできるだけ実り多いものにするために、出発前にはイギリスの主要な美術館に調査受け入れの手紙を書きました。色々な方々のご紹介に頼りながら、いくつかの館からは好意的な返事をもらいました。その中から、ロンドン南部のダリッチ美術館、ナショナル・ギャラリー・ロンドン、ヴィクトリア・アルバート美術館、ウォレス・コレクション、ナショナル・ギャラリー・スコットランド(エディンバラ)を訪問することにしました。

どこの美術館でもまず最初に行ったことは、各館のコレクションに関するファイルを調査することです。意外なほどに自由に閲覧を許可してくださり、小さなメモの切れ端から購入にいたる経緯をつづる手紙類、X写真や修復報告書といったものまで、公的な出版物だけでは得られない貴重な情報に触れることができました。さらに作業の途中で疑問点が浮かべば、即座に担当の学芸員を紹介する手筈を整えてくださり、こちらの質問にも根気強く答えてくださることもありました。

ダリッチ美術館は一番長く時間をすごした美術館です。ここでは特に普段は展示室にかかっていない、ムリーリョの周辺画家の作品を収蔵庫で見る機会に恵まれました。何故ムリリョ本人の手に帰することができないのか、その理由についても立ち会ってくださった学芸員から詳しく聞くことができ、それぞれの作品について写真撮影まで行えました。

世界に名だたる美術館である、ナショナル・ギャラリー・ロンドンは、当初その規模から、まったく相手にされないだろうとあきらめていたのですが、蓋を開けてみれば、一番積極的にこちらを受け入れてくれた館でした。附属の資料室(というよりもひとつの図書館でしたが)では、私が訪問する時には常に大きな机を一つ用意してくれ、資料を閲覧したり、コピーをとるのも自由でした。いよいよ今日が最後の訪問の日という時、いつも親切にしてくれた司書の方に別れを告げると、「君の論文を楽しみにしているよ。絶対送るように」といってくれたことを今でも忘れません。

一年たって、あの頃のことを振り返ってみると、色々な人から受けた親切や励ましが、思い出の断片となって輝いています。具体的な調査の成果はもちろんですが、学芸員という同じ立場で歴史も伝統もある美術館のスタッフとコミュニケーションを取れたことが何よりの収穫です。いつか彼らに約束したように、三重県立美術館で「ムリーリョ」展を開催し、再会することができたらと望んでいます。

(学芸員 生田ゆき)

友の会だよりno.65, 2004.3.23

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