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美術館 > 刊行物 > 友の会だより > 2002 > ニューヨーク美術事情2-クリスマスの頃 桑名麻理 友の会だより no.61, 2002.12.20

〔ニューヨーク美術事情〕Ⅱ -クリスマスの頃-

桑名麻理〈元三重県立美術館学芸員〉

さて、冬になりました。ニューヨークの冬は楽しいことばかりです。毎週のようにオペラの立ち見に通い、目新しい演目こ感激したり、その日の歌手の調子についておしゃべりをしたり。街の凍てつく寒さも、楽しさを盛り上げるための演出のように感じるほどです。それもそのはず、アメリカでは11月の第4木曜日のサンクスギヴィング・デー(感謝祭)から冬のホリデー・シーズンが始まります。街中が活気づき、すれ違う人も微笑みがちでソワソワとしています。

 

サンクスギヴィングは国民の祝日です。宗教的な背景がないのでクリスマスよりも大切にされています。誰もが故郷の家族のもとに集い、あるいは親しい友人を招き、七面鳥やクランベリーパイなどを楽しみます。まるで日本のお正月のようで、一日で食べきれない料理がその後何日も続くというところまでそっくりです。私たちの場合、一年の滞在ということで旧知の友などいるはずもなく、サンクスギヴィングの重要性などにも無頓着。だから普段より少し楽しく過しただけでした。ところが後になって「二人だけで過したの?そうと知っていれば家に来てもらったのに…。ああ、本当に残念。」などと友人たちに嘆息されたのですから、ずいぶんと淋しい夫婦に映ったのでしょう。余計なお世話と言いたいところですが、こんな気前の良さがアメリカ人のいいところです。サンクスギヴィングが終わるとクリスマスカードなどの季節の挨拶状が届き始め、年の瀬にかけて互いに感謝の気持ちを送り合うという素敵な季節が続きます。そうそう、ロックフェラーセンターにも恒例の大きなクリスマスツリーが飾られ、通りにはクリスマスツリーの露天商がどこからともなく現れます。レストランやアパートの入り口などにもツリーが続々と登場し、いよいよ楽しい季節もクライマックスです。

 

私がボランティアをしていたメトロポリタン美術館でも、盛大なクリスマスの催しがありました。ニューヨークの名家、アスター家の夫人が主催する、美術館の全職員のためのクリスマスパーティです。

 

この日、エジプト美術展示室にある神殿を再現した広場はビュッフェスタイルのパーティ会場に様変わり。前菜、スープ、主莱、サラダ、デザートと、おいしい料理がテーブルに並びます。職員は頃合を見計らってご相伴に預かるのですが、ビュッフェの前には長蛇の列が絶えません。警備員など勤務時間が不規則な人のためにも夜の部や翌朝早朝の部が用意され、夫人のもてなしが全職員に行き届くよう配慮されています。

 

お昼頃にはアスター夫人もご登場。夫人のために椅子が用意され、職員の中から有志を募り、何週間も練習をしてきたコーラス隊が、赤と緑のクリスマスカラーの服装でクリスマスソングを熱唱します。

 

しばらくすると夫人は立ち上がり、職員の何人かと握手を交わしながら退席してゆきます。夫人と直に触れた職員の紅潮した表情を見れば、彼女の地位の高さが推して図れます。高齢なので、あまり多くの職員と交流することはありませんが、夫人の一挙手一投足が好奇の対象です。なんと御年101歳。でも帽子に手袋にハイヒール、スーツを美しく着こなす姿は、映画やテレビで見るハイ・ソサエティの淑女そのものです。だから美術館ではこの日が近づくにつれ、彼女は今年もお出ましになるのか、いったい今年はいくつになるのか、と話題が尽きません。アスター夫人は何十年も、フィランソロピストとして美術館職員へのクリスマスパーティをプレゼントし続けています。そんなことがこの時代に存続していること、そして皆がそれを自然に受けとめていることを目の当たりにして、カルチャーショックを感じました。が、その年は…、私も彼女の恩恵に授かったのでした。

 

こんなアメリカの事情って面白いと思いませんか?アスター夫人のクリスマスパーティは、美術館が個々のフィランソロピストの関わりによって成り立つことをしめす象徴的な出来事です。美術館の日常業務がボランティア、友の会など「私」的な活動によって支えられているのは言うまでもありません。フィランソロピーやボランティアは、それぞれの人のライフプランや自己実現の手段であるだけでなく、社会的な名誉としても充分に認知されているのです。それでいてれっきとして「公」の美術館です。お国柄の違いがあるのは承知の上ですが、来年新しく生まれ変わる三重県立美術館もまた、来館者、ボランティア、友の会、職員など、それぞれが生き生きと活動する美術館であって欲しいと願っています。

ロックフェラーセンターのクリスマスツリー ロックフェラーセンターのクリスマスツリー

友の会だより no.61, 2002.12.20

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