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【平成11年度 展覧会ごあんない】

「パリのカフェと画家たち」展

(11/13(土)−12/23(日))

石崎勝基〈学芸員〉

日本の喫茶店と同じように、パリのカフェも、ちょっと足を休め、何かを飲んだりつまんだり、ぼおっとする、あるいは本を読んだり、友人とおしゃべりしたりするところです。ぼおっとした時には、仕事なり趣味なりについて、何かアイデアが浮かぶこともあるかもしれない。友人と消息を交わし、お天気の話をし、馬鹿話をし、情報を交換し、好きな絵や小説、映画や音楽の話をしたり、政治上の問題について議論することもあるでしょう。

喫茶店なりカフェで流通し、交差し、変容する情報の流れは、まぎれもなく、ある社会における情報の流れの一部を構成しているのであり、文化を形成しているのです。だから喫茶店なりカフェのあり方が変わるとすれば、それは文化全般の変化と、決して無縁ではないはずです。実のところカフェ自体、ヨーロッパでは17世紀後半に成立したとのことで、その普及はとりわけ、近代の市民社会の展開と切りはなすことができません。

カフェの盛衰と文化の各領域との関係は、さまざまな様相をしめすことでしょうが、そんな中、カフェの活況と文学や美術の展開とが密接に結びついているように映る時期がありました。19世紀末から20世紀前半にかけての、パリです。この時期パリでは、美術にかぎっても、フォーヴィスム、キュビスム、エコール・ド・パリ、ダダ、シュルレアリスム‥‥‥と、さまざまな傾向がめまぐるしく交錯していました。通例こうした何々イスムの交替として語られる近代美術史を、たとえば、カフェに集まった人、情報、理念や感情の流通と交差、変容の錯綜した過程として読みといてみることはできないでしょうか。それまで目に入ってこなかった、人と人、表現と表現の関係が浮かびあがるかもしれません。もちろん展覧会という形式によって、どこまでそんなネットワークをつかめるものとすることができるかどうかはわかりませんが、作品と作品を結ぶ別の網の目の可能性が予感されることで、作品自体もまた、別の見え方で現われる可能性が生じることでしょう。

ルシアン・ジェナン|ラパン・アジル|グアッシュ・紙|1925

友の会だより no.52, 1999.11.30

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