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「ゴーギャンとポン=タヴァン派」展

ゴーギャン 《ラヴァルの横顔の見える静物》

手近の画集でも播けば、ゴーギャン特有の作風は、たやすくとらえられるでしょう。くっきりしたイメージと色彩が並列しつつ織りなす画面。これは、イメージを明確な輪郭線で囲み、その内側を平坦な色面で埋めることによってできあがったものです。そのため色彩は、それ自身の声でもって響きあう。しばしば有機的な曲線を措く線も、リズムとうねりを伝えます。

色彩と線の明確化は、しかし、ルネサンス以来の西欧美術がつくりあげてきた、写実性を犠牲にしてえられたものでした。西欧的写実は、遠近法と明暗法によって、事物の立体感と空間の連続性を再現します。対するにゴーギャンの場合、両面は平面性を帯び、線と色によって分割される。目に見える現実の再現という機能を失なったことは他方、目に見えない、ことばにおきかえがたい世界を暗示する意図を秘めてもいるのです。

西欧の美術が根本的に変容しようとしていた、少なくともそのひとつの兆候であるゴーギャンの作風−綜合主義とかクロワゾニスムと呼ばれる−は、もとより一朝一夕に成立したわけではありません。ブルターニュ地方の小村ポン=タヴァンに幾度か滞在したおり、とりわけエミール・ベルナールとの交友から綜合主義は生まれたのです。当時ポン=タヴァン一帯には、フランス人にかぎらず多くの画家たちが集まっており、その中でゴーギャンやベルナールを中心に、ポン=タヴァン派と呼ばれるグループができました。綜合主義はまた、セリュジエを通じて、モーリス・ドニら後のナビ派にうけつがれるでしょう。それはさらに、二○世紀のマティスや抽象絵画を予告することにもなります。

本展は、ゴーギャンやベルナール、セリュジエらボン=タヴァン派の活動に焦点をあてることで、十九世紀末から二○世紀にいたる、西欧近代美術の地殻変動の一相をかいま見ようとするものです。なお、ゴーギャンについては、画集や評伝、著述の翻訳に枚挙の暇はないでしょうが、ポン=タヴァン派に関するまとまった紹介は、日本では多いとはいえません。『ポン=タヴァン派とナビ派』展(1987年、伊勢丹美術館他)、昨年来の『ゴーギャンとブルターニュの画家たち』展(岐阜県美術館他)、『ゴーギャンとル・ブルデュの画家たち』展(横浜美術館他)、『フランス絵画二○世紀への旅立ち』展(岐阜県美術館他)の各カタログを参考にあげておきましょう。

ゴーギャン ラヴァルの横顔の見える静物

 

(石崎勝基・学芸員)  友の会だより 33号より、1993.7.10

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