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アトリエ訪問

画家小林研三さん

絵画にあって出会いはほとんど一瞬のうちにきまる。眼はもっとも無精でもっとも迅速な判定者であり、思考のように判断停止という作用がはたらく余地をもたない。だから1秒前には無であったところに次の瞬間には無限大に変化する、つまりただの色面から草原と空と家々をふくんだ空間が樹木のように成長し、鳥のような親密さでそこにとけこんでいる。もはや「わたし」ではないわたしの感覚がその空間に充ちる奇跡がおこなわれるか、それともさしだされた両手がむなしく交差するかは言葉さえ追いつけない瞬間のできごとなのだ。

小林研三さんの作品(野原の家)にぼくはそういう風に出会った。場所は桑名市徳成町の小林さんの自宅の2階、アトリエの隣にある寝室。いちばんうまくいった作品と語ってくれた30号大の(野原の家)は他の数点といっしょにいつでもみられる身近な場所に置かれていたのだ。小林さんが自分で作った階段を昇り、頭を天井にぶっつけないよう注意されて、もの珍しげに周囲をみまわした数秒後に用意されたこの絵との出会い。その構図に遠い消失点にはドヴォールザークの音楽に似たなにかしら敬虔な郷愁がたゆたっているようだが、ともかくぼくを満潮のように浸蝕してしてゆく柔らかな感覚の果てに、小林さんの絵を童話の世界だとする観念が消えてゆくのをぼくははっきり確かめたのだ。そこにあるのはまぎれもない1枚の絵なのだった。絵であるという以外の規定や説明づけばかりでなく、そもそも説明ということ自体を徹底的に嫌うところに小林さんらしさがあるということに、うすうす気づいてはいたのだが……。

たとえば動物好きということがある。幼少の頃から多くの動物を飼い育てた(というより動物とともに生きてきた)経験をもつ小林さんだが、動物がお好きなのですねと質問し、はいという答えを当然のように期待している人には違和感を覚えるらしい。これはけっして天の邪鬼のせいではない。動物を飼うのが楽しいとか動物が好きだといっているのはまだ(距離)があるからである、対等に動物とつきあった時、即ちこの距離がなくなった時、誰が好き嫌いをいっていられよう、なぜならそれは一つの(仕事)となるのだから―と小林さんは考えているのだろう。他人にはどうみえようがそれが一つの(仕事)である以上絵を描くというもの一つの仕事がその時少々時間不足になるのはあたりまえだし、またこの絵を描くという仕事についても、これはちょっとぼくにも意外だったが、楽しいからではなく、とにかく筆をとって前後際断した瞬間を充実させることだけをめざす姿勢が一貫している。要するに物との真に対等なつきあいを頑なといえるほどに守ろうとするところに小林研三さんのαとΩがあるのだろう。彼の世界はすべて=で結ばれている。

この等号=が自己に向けられた時はどうなるのか、それは、還暦近い現在でも自分という存在を固形物と考えず、いつでも変われる可能性を今ももっていると信ずる小林さんの若々しさに象徴されている。無限に反復する正弦波ではなく、さまざまな役者が登場する劇場のような自己。この劇場はさらに大きな存在に包まれているのだが、それについて小林さんは語らない。語らないことでしか語れないことを知っているからだろう。

質問するということを途中から放棄した今回の訪問をふりかえると、感覚は最良の認識者だと改めて痛感する。氾濫するとききっと理性がその狂う言廻すしをおこなうので、氾濫し狂気におちいるのは理性のほうなのだ、と。小林さんのアトリエには一冊の日に焼けた本があった。ライナー・マリア・リルケの〈果樹園〉。この詩集と対等につきあった証として静かに静かに果実のように絵が生まれることを小林さんは願っている。

〈学芸員 東 俊郎〉

『友の会だより』第3号、1983・7・10

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