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『友の会だより』(Hill Friends)創刊100号にあたって

三重県立美術館 館長 毛利伊知郎

 開館以来33年を経て、 『友の会だより』 (Hill Friends)が創刊100号を迎えたと聞き、時の流れに感じ入りました。 30余年といえば、人間の一世代の長さです。美術館開館、友の会創設に尽力された方々のほとんどはすでに現役を離れられ、鬼籍に入られた方も少なくありません。この記事を記すにあたって創刊号に眼を通しましたが、当時を思い出して思わず引き込まれてしまいました。
 私は県庁7階にあった美術館建設準備室に勤めて以来、三重の美術館で30数年間学芸員として仕事をしてきました。その間には様々なことがありましたが、今も強く記憶に残っていることの多くは美術館開館前後のことです。それは、美術館開館というのが滅多に経験することがない特殊な経験であったこと、私も仲間の学芸員も皆まだ20代の若さであったことなど、いくつかの要因が重なっているからではないかと思います。
 友の会設立についていうと、私たち若い学芸員は役員の方々や担当職貝が話し合いを重ねておられるのを横目で見ているような状況でした。開館の頃には、ボランティア組織の準備も進められていましたし、さらに協力会設立のこともあって、最初はこんなに色々な組織ができて大丈夫だろうかと不安を感じたこともありました。
 しかし、私が申すまでもなく、友の会、ボランティア欅の会、協力会は三重の美術館にとって欠くことができない大きな財産となりました。その一つでもなければ、三重の美術館の性格、活動、雰囲気はかなり違ったものになっていたでしょう。美術館と館員が様々な場面でこうした支援組織の皆様に助けられてきたことは疑いようがありません。そうした意味で、これら支援組織をつくっていただいた先達の方々、その後の運営にご尽力いただいた皆様に私は深い感謝を捧げたいと思っています。
 これまで積み重ねた30余年の歳月は短くはありませんが、美術館の歴史として見ると決して長くありません。成熟期に入ったこれからがむしろ大切だと思います。 30年の間に世の中も大きく変わりました。これからも美術館をめぐる状況は変わり続けるでしょう。財政状況をはじめとして状況が好転することは期待できません。しかし、だからといっていたずらに悲観するのではなく、より良い美術館を目指し、関係者が叡智を結集して着実に歩み続けることが重要だと思います。

 最後に私事ですが、今年3月末で定年を迎え館長を退任します。三重の美術館で仕事をさせていただいた30年あまりは、本当に充実した毎日でした。友の会の皆様方にも大変お世話になりました。この場をお借りして深くお礼申し上げます。

(友の会だより100号、2016年3月31日発行)

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