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表紙の作品解説 靉光《梢のある自画像》

1943年 東京藝術大学蔵

原舞子

 三重県立美術館では1995年から99年にかけて、「20世紀日本美術再見」と題し、1910年代から30年代を10年単位で区切り、それぞれの時期の美術の諸相を展観する3つの展覧会を開催しました。すでに時代は21世紀に入り、関係各所から「次の1940年代展はいつ開催するのか」との声を長らく頂戴してきましたが、今夏、ようやく1940年代展を開催する運びとなりました。

 1940年代とはどのような時代だったのでしょうか。大きな戦争に翻弄された時代であることは改めて言うまでもないことですが、生き抜くことが困難なこの時代においても、美術家たちの制作活動は止むことなく様々な美術作品が制作されてきました。もちろん、資材の不足や統制の問題などが複雑に絡まり、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。

 表紙の作品は洋画家・靉光(あいみつ)による1943年の自画像です。「ドロでだって絵は描ける」―油絵具が不足する中、靉光が語ったとされる言葉です。この自画像が描かれた俊に、靉光や麻生三郎、松本竣介ら8人の画家は「新人画会」というグループを結成し、戦時下に3回のグループ展を開催しました。翌44年5月、靉光は召集を受けて入隊、中国の武昌で終戦を迎えますが、まもなく発病し入院、46年1月に上海の病院で亡くなりました。応集前に多数の作品を自身の手で処分し、また郷里広島に残した作品は原爆により焼失し、現在伝わる靉光の作品は多くはありません。作品もまた時代に翻弄され、現在まで生き抜いてきたのです。残された作品から私たちが感じ取るべきものは何なのでしょうか。戦後70年を迎えた今、改めて作品の前に立ち、考えたいと思います。

(友の会だより98号、2015年6月30日発行)

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