このページではjavascriptを使用しています。JavaScriptが無効なため一部の機能が動作しません。
動作させるためにはJavaScriptを有効にしてください。またはブラウザの機能をご利用ください。

 

企画展「空飛ぶ美術館」展 ふたたび翔ぶために

鈴村麻里子

 航空機が日常的に使用される時代を生きる私たちにとっては、空を飛ぶことに対して、かつてのように新鮮な印象を抱くことは難しいのかもしれません。新しい力を得ることによって、知らず知らずのうちに何か別のものが失われる場合もあります。事実、飛行機のない時代、飛行機が飛び始めた時代に生まれた芸術作品には、現代人には到底理解し得ない夢や希望が溢れており、まぶしく感じられることもままあります。実は、重力に阻まれて飛べなかった時代より、ある意味がんじがらめになってしまっているかもしれないこの時代だからこそ、豊かな想像力と自由な発想から生まれた芸術を楽しむ意義があるのではないだろうか、というのが本展の企画意図の一つでもありました。

 本展第3章では、「人間が空を飛ぶとしたら、どのような方法が考えられるか?」という命題が核となっています。実際には空を飛べない人間を「飛ばす」ためには、一見荒唐無稽ではあるけれど、実は非常に冷静で合理的なシステムが編み出されてきました。図像を比較しても西洋と東洋では飛ばす方法や飛び方に大きな違いがあるのであうが、西洋の文化が日本になだれ込んできた時代に、新しい表現に挑んだ本多錦吉郎と竹内栖鳳の作品を一緒に展示できることは担当者として非常に喜ばしいことでした(4月5日まで)。

 最終章では、18世紀末以降、実際に人間の飛行を可能にしてきた航空機から何らかのインスピレーションを得て制作されたと考えられる作品が並びます。航空機そのものに直接的に言及することはなくても本展のテーマである夢や想像力と深く結びつく作品をご紹介しています。パナマレンコの揚力発生器の隣には永沼理善の自重力BOYが展示されます。飛行機に働く4つの力(揚力、重力、推力、抗力)のうち、2つが展示室空間で可視化され、その足元には墜落した現代のイカロスの残骸が転がります。展示室を出たところでは、見慣れているはずの江口週の作品が、いつもとは少し違った表情で私たちを迎えてくれるはずです。「ふたたび翔べるか」という象徴的な問いは、展覧会を見終わった私たちを深い思索の旅へと導いてくれることでしょう。

(友の会だより97号、2015年3月31日発行)

ページのトップへ戻る