このページではjavascriptを使用しています。JavaScriptが無効なため一部の機能が動作しません。
動作させるためにはJavaScriptを有効にしてください。またはブラウザの機能をご利用ください。

 

表紙の作品解説 中澤弘光《日永》

田中善明

 これは、明治時代の末頃の四日市日永を描いた水彩画です。手前に小さな川が流れ、橋の下には小船に乗って作業をする女性の姿があります。身を乗り出した女性は、洗い物か何かをしているようです。奥の民家には、白いほっかむりをした女性が手すりに持たれて、きっと、この船に乗る女性と会話を交わしているのでしょう。足元には鶏が数羽描かれています。何気ない日常生活の一場面を、画家は暖かいまなざしで絵にしたことがよくわかります。

 中澤は、旅を好んだ画家として知られ、この明治の末ごろより亡くなる直前の昭和39年まで日本全国津々浦々を旅しました。ひと月の半分は自宅を留守にして各地へ赴いたとも言われています。生まれは東京の芝ですが、とくに京都や奈良などを中心とした関西地方を好みました。風景だけが良くてもつまらない。そこで生活する人々の気配や、社寺の建造物などがあってこそ、この画家にとっての描く対象となったのでした。旅をしたときの紀行文や旅先でのスケッチは出版され、当時の旅行ブームや水彩ブームもあって、大変な人気を博しました。そのほかにも中澤は、歌人・与謝野晶子の『夢の華』や『舞姫』、『新訳源氏物語』など数々の著者のデザイン、挿絵を手掛けるなど、多彩ぶりを発揮しました。

 昭和戦後になっても中澤は、自分の描くスタイルを大きく変えずに作品発表を続けたため、周囲の若者からは「表現がいまだに明治のようだ」「古い」などと批判されました。しかし、「私は平凡な写生で一生を終えるつもりである。」との言葉を中澤は81歳のときに発しています。この言葉は現代の性急な、とにかく改善や進化が求められる社会に生きる私たちに、もっと肩の力を抜いて生きることをすすめているような気がしてなりません。

(友の会だより95号、2014年7月31日発行)

ページのトップへ戻る