表紙の作品解説 古賀春江《素朴な月夜》
石橋財団石橋美術館所蔵
吉田映子
1895年、福岡県久留米市に生れた古賀春江は、上京して後、西洋近代絵画の様々な手法を学びながら、めまぐるしく画風を変えていった。そのなかでも、《素朴な月夜》は、独自の画風を確立した頃にあたる、1929年の二科会に出品されたものである。同年に制作され、明確な輪郭線と、はっきりとした色彩が目をひく代表作《海》(東京国立近代美術館蔵)と比較すると、やわらかなタッチとにじむような色彩が未だクレーの影響を感じさせている。
しかしながら、どことも知れない町角にふいに表れたテーブル、空を舞うフクロウ、墜落する飛行機や、やや大きすぎる犬の玩具などには、古賀の絵画を特徴づける、イメージによるコラージュ(切り貼り)の手法を、すでに見ることができる。加えて、大きく前へと傾いたテーブルの上に、果物鉢やワインの瓶といったモチーフが真横から描かれることで、非合理な空間が生み出され、作品の浮遊感が増幅されている。
古賀は、同じく「素朴な月夜」と題された一編の詩も残している。そこでは、絵画に描かれたモチーフのほとんどが姿を消し、水の底をさまよい歩く「私」は、いつの間にか、イルカの口のなか、その大きく膨れた腹のなかへと、入っていってしまう。
画家自身は意識的ではないだろうが、絵画と詩の双方で、「食べもの」や「食べること」が実在感を失い、夢幻的な雰囲気を演出する役割を果たしている。
(友の会だより94号、2014年3月31日発行)