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佐藤家文書
さとうけもんじょ(59通)

資料の概要

指定区分
指定種別 重要文化財(文書)
指定・登録日 2011(H23)年6月27日他1
市町 津市
所在地 津市垂水3032番地18
所有者 公益財団法人 石水博物館
員数 8巻、1通
構造 -
年代 室町時代(南北朝時代~戦国時代末)
関係サイト -
関連資料 -

概要

 戦国時代、北畠氏の家臣として、現在の松阪市肥留に居を構えていた佐藤家に伝来した中世武家文書である。佐藤氏は、もと陸奥国信夫郡信夫荘(現在の福島県福島市付近)を本拠とする土豪で、南北朝の内乱期には、北朝方に属して、奥州をはじめ東国から伊勢・摂津・山城など近畿にまでを転戦し、内乱収束後は、伊勢国司家北畠氏の家臣となり、戦国時代末期まで、その一員として活躍している。
 文書群の構成は、南北朝期に南北両朝から佐藤氏への文書を中心とする一群と、内乱収束後の北畠氏発給文書の一群に大別される。数少ない伊勢国司家北畠氏関係の伝存史料であると共に、家臣団の動向を知り得る文書群として貴重である。
 三重県下で最も充実した内容、数量を有する中世武家史料であり、南北朝期から戦国時代末期までの文書群が一貫して伝来した唯一のものである。このため、南北朝内乱期における南北両朝、並びにこれに呼応する武士団の動向を伺い知ることができ、また、稀少な北畠氏関係史料の中でかなりまとまった文書群として、伊勢地域の中世史を研究する上で欠くことのできない貴重な史料と言える。
 なお、平成28年8月17日付けで、佐藤家系図及び譲状が追加指定された。譲状は永和4年(1378年)付けで、佐藤浄勝(基清)から「愛きく」(愛菊、清基)に宛てたもの。系図は、この文書中に記載されているものである。系図は、楮の料紙12枚を貼り継いだ「横系図」で、紙の質と破損の状態から、最後の1枚は江戸時代以降のものと思われます。
 系図を譲った基清(浄勝)の父親である清親は、陸奥国佐藤家の庶流で、南北朝内乱期に本国を出て諸国を転戦し、伊勢に土着した時期にあたる人物である。出身地から離れるにあたり、系図が本家から授与され、それが子孫へと伝来することを示している貴重な史料といえる。

問い合わせ先:三重県教育委員会事務局 社会教育・文化財保護課
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