ムジナモは根を持たない浮遊性の多年生水草で、水中の小動物を捕らえて消化吸収することで自らの養分とする食虫植物です。茎は長さ10から20センチ程度で、夏季に直径数ミリ程度の白い花をつけますが、開花することはまれで、このため成長期に側芽を出すことで増殖します。葉は透き通った黄緑色で茎の各節に6から8個のものが放射状に輪生し、葉柄はくさび形、先端には数本の刺状突起があり、葉身は4から5ミリで二枚貝状になっています。この葉が本種の最大の特徴で、二枚貝状の葉は接触刺激などによりとじてミジンコなどの水中の小動物を捕らえて消化していきます。
日本でのムジナモの発見は、明治23(1890)年に「日本の植物学の父」とも言われる牧野富太郎博士が、東京都江戸川区北小岩で確認したことに始まります。牧野博士は、その姿を「狢(ムジナ)」の尻尾に見立てて「ムジナモ」と命名しました。ちなみにムジナとはアナグマを指すといわれています。その後、明治から大正時代にかけて、茨城県、埼玉県、群馬県、新潟県、京都府で発見され、三重県では戦後の昭和25(1950)年に長島村(後の桑名郡長島町・現桑名市)の木曽川で発見されています。国外の分布は南北アメリカを除くヨーロッパ、アジア、アフリカに点在していますが、いずれの自生地も危機的な状態であり、世界的にも貴重な植物です。
国内の自生地の多くは貴重なものとして、相次いで国や県の天然記念物に指定されましたが、台風などによる洪水での流失、工場排水などによる水質の悪化、農地改良や土地開発による埋立などによって絶滅していきました。三重県の自生地も昭和35(1960)年ごろには絶滅したものと考えられています。国内で最後に残された自生地である埼玉県羽生市の宝蔵寺(ほうぞうじ)沼は、昭和41(1966)年5月「宝蔵寺沼ムジナモ自生地」として国の天然記念物に指定されたものの、同年の台風による洪水によってムジナモの大半が流失してしまい、わずかに残ったものも水質悪化の影響を受けて絶滅しました。現在は栽培下で保存されていた宝蔵寺沼産の株を増殖させて現地にもどし、自生地復元の努力が続けられています。
今回紹介する三重県産のムジナモ標本は発見から絶滅するまでのわずかな間に採集された資料で、三重県産のムジナモの数少ない実物資料として大変貴重なものです。 (M)
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