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西国巡礼細見大全(さいごくじゅんれいさいけんたいぜん)

 
西国巡礼細見大全

資料名   西国巡礼細見大全
時  代  江戸時代[文政8(1825)年]
資料番号  596
寸  法  たて:10.7cm
     よこ:15.8cm
     厚み:3.0cm

解説

 厳しい寒さも峠を越え、そこかしこに春の訪れが感じられる季節になってきました。江戸時代、春は最も旅をする人々が多かった季節です。当時は、武士であっても自由に諸国を往来できませんでしたが、旅の目的が神社仏閣への参詣であれば、庶民でも比較的許可が得やすかったようです。しかも寒さが和らぎ、また田植えの準備で忙しくなるまでのこの季節は、庶民にとって最も自由が利く時期だったのです。
 今回紹介するのは、そんな旅の案内記のひとつ「西国巡礼細見大全」です。文化8(1811)年に、京都の寺町通りで製本所を営んでいた菊屋喜兵衛によって刊行されました。表題には、いかめしい文字が居並びますが、さしずめ今で言うところの旅行ガイドブックのことです。「細見」とは詳しく見ること、「大全」とはその物事に関係することをもれなく書き記したものを意味します。こういった西国巡礼のための案内記は、京や大阪また伊勢などの版元から数多く出版され、県立博物館でも本書を含め4冊を所蔵しています。 この「西国巡礼細見大全」の体裁は、概ね版本の半分の大きさで、持ち運びに便利なサイズとなっています。内容は、西国巡礼の由来に始まり、三十三番各札所の御詠歌、道中に必要な品々、道中の心得のほか、伊勢から一番札所に至る行程と主要宿場、また札所を巡る道程などが詳しく記されています。
 興味深いのは、巡礼の行程が伊勢から始まっていることです。三重県には西国三十三所の札所がありません。にもかかわらず、伊勢が案内の起点となっているのは、江戸時代の旅のスタイルと関係があります。当時の旅は、現在のようにどこかの目的地とその周辺の観光地を巡るというものではなく、一度旅に出たならば、それは1か月から半年にも及ぶものとなりました。例えば伊勢参宮を目的として旅に出た人々も、それだけを目的とするのではなく、その後、他の神社仏閣を巡ったり、各地の名所や旧跡を訪れながら帰郷するというのが一般的でした。「伊勢参宮 大神宮にも ちょっと寄り」という川柳は、そんな当時の旅の様子を上手く表現しています。また、伊勢神宮に参宮した人々のうち、凡そ20%がその後西国巡礼に向かったといわれ、それは特に関東や東北地方から伊勢参宮を行った富裕層に多かったことが知られています。この書物は、そういう人々をターゲットに作られたのかも知れません。
 さて、写真の挿絵は、巡礼の際に身につける菅笠や笈摺(おいずる)などの持ち物に書き入れる文字など、決まり事のあるものを紹介したマニュアルの部分です。伊勢参宮を終え、続いて西国巡礼を行う人々は、熊野街道への分岐点である田丸(現在の度会郡玉城町)へ行き、ここで装束を整え、西国三十三所の一番霊場である那智山の青岸渡寺(せいがんとじ)を目指しました。『西国三十三所名所図会』の田丸城下の挿絵にも、菅笠や笈摺などを売る店が描かれていて、その出発の地として栄えた田丸の往時が偲ばれます。
 ところで、巡礼者の持ち物として忘れてはならないものに納札(のうさつ)があります。納札とは巡礼者が寺社に参詣した証に奉納する札で、写真の挿絵にもその書き方が記されています。近年5,000枚に及ぶ納札が、熊野市大泊町でかつて善根宿を営んでいた個人宅から発見されました。無料で宿を提供された貧しい巡礼者がそのお礼にと置いて行ったものです。この納札を市民団体「熊野古文書同好会」が2年余の歳月をかけ調査・研究されました。また報告書の刊行にあたっては三重大学の塚本明教授が学際的な支援に取組まれ、旧三重県立博物館も全納札の写真撮影でその調査に参加させていただきました。また調査成果は旧三重県立博物館の移動展示「巡礼の道~伊勢参宮と熊野詣~」(平成21(2009)年度開催)を発表の機会と位置づけ、市民団体の方々には企画段階から展示活動に加わっていただき、また調査報告会の開催にも尽力され、多くの地域の方々に参加いただくことができました。県民が主体となる活動に、地元の大学や博物館が連携して支援を行ったこの取組みは、まさにMieMuが目指す方向性を形にしたものとなりました。
 長い冬を経た穏やかな春の日差しが、県民の宝である所蔵資料と、MieMuの取組みにも注がれることを願って止みません。

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