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三重県総合博物館 > コレクション > スタッフのおすすめ > 伊勢の賽木(いせのさいぎ)

伊勢の賽木(いせのさいぎ)

資料名 伊勢の賽木(いせのさいぎ)  
寸 法 1辺 4.1センチ
高さ 1.3センチ
時 代 昭 和
材 質 木製(柾目(まさめ))
解 説
 三重県の郷土玩具の中には、その存在自体が伝説になりそうなものがあります。今回紹介する「伊勢の賽木」もその一つです。県内の博物館でも所蔵しているのは当館を含めて数館ほどしかありません。

 伊勢の賽木は、1辺が4.1㎝の木製で、上面だけに彩色が施され、また型を押し付けることにより千鳥や花の模様が陰刻されています。残念ながら当館の資料は色あせており、何色が塗られていたのかはわかりませんが、本来は、正方形の厚めの角材に鋸(のこぎり)で切り目を入れ、9等分した面に赤や緑の色を塗り、木肌のままの部分とあわせて市松模様に仕上げられていたようです。

 この小さなおもちゃの正体はいったい何なのでしょうか。賽木を使った遊びは、まず切り目にそって9個の賽に割ることからはじめます。割られた賽は約1.3㎝四方、この極小の9個の木片が遊びの主役になるのです。
 昭和9年に刊行された『日本郷土玩具』にはその遊び方の一例が紹介されています。
  ① 賽木を割り、まきます。
  ② 右手で鞠(まり)をつきながら、鞠をついている手で素早く色の塗られた絵の面(花などが型押しされた面)を揃えます。このときは「花むけ、花むけ」と唄います。
  ③ 次は、「おひとつ、おひとつ」と唄いながら、鞠をつく手で素早く賽木を拾って、左手に移します。
  ④ さらに「おふたつ、おふたつ」と唄いながら、今度は賽木2個を重ねて左手に運びます。
 恐らくその次は3個を移動させたのでしょうが、これらの過程で失敗すれば交代する(負ける)ことになったうです。
 ところで、お隣の韓国には、直径、高さともに1㎝ほどの色鮮やかな円柱形の駒などを使う「コンギノリ」という遊びがあります。5つの駒を床に置き、その内の1つを投げ上げるのと同時に、床に広げてある他の4つの駒の1つをすばやく取り、落ちてくる駒を同じ手で受け取ります。これができたら、次は1つを投げている間に2個を取り、さらに3個を取り、と続けていきます。

 これに似た遊びは、「イシナゴ(石子)」として日本にも古くからありました。19世紀の半ば頃に著された風俗誌『守貞漫稿(もりさだまんこう)』は、この「イシナゴ(石子)」について、「童女達が小石を2、3個持って集まり、それを蒔き散らして、1人の童女がその内の1個の石を一尺から二、三尺上に投げ、その石が落ちてくる間に2個の石を手に取り、また落ちてくる石も同じ手で受け取る(以下略)」遊びであると紹介しています。

 このイシナゴは、いわゆる「お手玉」の別名でもありました。「お手玉」という呼び方は、関東地方を中心とするもので、関西では「イシナゴ」と呼んでいたそうです。「お手玉」というと、豆などを入れた袋を次々に放り投げて、落ちてきたものを受け、また放り投げる遊びを思い浮かべますが、実は、最も基本的な遊びは、この「イシナゴ」のような遊び方だったようです。

 そして、かつて伊勢では「賽木」のこと自体を「イシナゴ」と呼んでいたという記録がありました。昭和56年に当館が刊行した『三重の郷土玩具』の図録には、その分布の調査結果に基づき、「伊勢を中心にいしなごの名称で呼ばれ」と記載されています。つまり「賽木」と「イシナゴ」は、形こそ異なるものの、同じ遊び道具(おもちゃ)であり、その遊び方は、後に登場する「お手玉」に引き継がれたというわけです。

 かつて「賽木」は、お正月の露店や松阪の初午などで売られていましたが、現在ではその名を知る人もほとんどいません。日本では、お手玉の現代版とも言うべきチェーンリングというおもちゃを介して、同じ遊びが継承されていますが、これも風前の灯のようです。伊勢の賽木は、遊び方も含めて、子どもたちに伝え残したいおもちゃのひとつです。(UK)
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